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 松本清張の『小説帝銀事件』を読む。実際に起こった大量毒殺事件をモデルにした清張の長篇四作目。ただ、小説とは謳っているが、中身はほぼノンフィクションである。

 帝銀事件は日本の犯罪史でも非常に有名な事件の一つだ。
 戦後、日本がまだGHQの占領下にあった昭和二十三年。豊島区の帝国銀行(今の三井住友銀行)椎名町支店に厚生省技官を名乗る一人の男が現れた。近所で赤痢が発生したため、男は行員に予防薬を飲んでもらいたいと偽り、在席していた十六人に青酸化合物を飲ませたのである。結果、十二人が死亡するに至ったが、やがて画家の平沢貞通が容疑者として浮上し、小樽で逮捕された。
 裁判の結果、平沢貞通は死刑を宣告されたが、最終的に法務大臣も死刑執行命令にサインしないまま、平沢は肺炎がもとで刑務所で病死している。

 小説帝銀事件

 この事件が広く知られているのは、多くの犠牲者を出したことはもちろんだが、有罪の決め手となる決定的な証拠がなく、事件には今もなお多くの謎が残されており、冤罪の可能性が高いからである。
 清張はその謎を解明しようとできるかぎり客観的に事実を積み重ね、事件を再構築しようとする。その徹底した姿勢はさすがのひと言。それまでも史実の真相に関心を寄せた作品は多かったが、『点と線』で社会派ミステリとしてそのスタンスを明確にし、さらに本作では小説という衣すらほとんど脱ぎ捨て、あたかもドキュメンタリーを見ているかのように真実を追っていく。

 興味深かったのは、いわゆる冤罪の怖ろしさを語った類のノンフィクションとは少し趣が異なり、本作はあくまで平沢が有罪なのか無罪なのか、その一点にのみ興味が集中していることだ。結果的に冤罪を生み出す構図も炙り出されるけれども、そういう観点よりは、あくまで真実を追究するジャーナリスティックな観点を強く感じた。
 本作は小説というよりほぼノンフィクションであると上で書いたが、つまりそういうことである。いくらでもドラマティックにできる素材ではあるが、清張はあえてそれを抑えた。ノンフィクション的にまとめることで作家として次のステップを上ろうとしていたように感じるのだが、それはちと穿ちすぎか。

 ただ残念ながら、清張も本書で最終的な結論を出すには至っていない。数々の疑問を呈し、平沢は無罪であるとの主張は強く感じられるが明言はしていない。あくまで可能性として他に考えられる真犯人の説を紹介するに止めている。これが惜しい。
 実は清張自身もこのまとめ方には納得していなかったようで、翌年、こちらは正真正銘のノンフィクション『日本の黒い霧』で再び帝銀事件に挑戦し、ひとつの答えを導き出している。ま、こちらもそのうち読まなければなるまい。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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