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 今年に入って平井和正に陳舜臣という二人の作家の訃報があった。

 陳舜臣はミステリの方でも知られているが、一般的には歴史作家としての方が有名だろう。個人的にも曹操の側から三国志を描いた『秘本三国志』が印象に残っており、これが初めて読んだ三国志でもあった。
 読んだ方ならご存知だろうが、圧倒的に有名な吉川英治の『三国志』とはキャラクター解釈がずいぶん異なり、当時は曹操と劉備のどちらが正義であるのかけっこう混乱した覚えがある。
 立場や視点が変われば、また歴史の事実すら変わるものなのだと、変なところで納得したものだ(苦笑)。

 平井和正についてはもう言葉すら見つからない。学生時代に知って、一時期はどっぷりハマった作家である。死霊狩り三部作なんて大傑作だし、ウルフガイや幻魔大戦シリーズなどはあまりの面白さに一日三冊ぐらいのペースで読んだものだ。
 ウルフガイにしても幻魔大戦にしても恐ろしく中毒性のある作品だった。初期はエンタメ系ながら徐々に宗教的な要素が入ってきて、作品に異様な世界観を与えていた。ウルフガイでは観念的なものだったからまだ良かったが、幻魔大戦などはカルト教団を描くような内容になってしまい、遂には一線を超えてシリーズは完全に破綻をきたしてしまっていた。
 ただ、それは平井和正という作家にとって大きなターニングポイントだったように思う。結局はのめり込みすぎておかしなことになってしまったが、一時期の作品の魅力は大きく増した。
 個人的にはその後の作品を追うのはやめてしまったが(ウルフガイ再開あたりまでだったか)、幻魔大戦とかウルフガイとか、ラストは一体どうなったのか今でも気になる。それとも結局完結はしていないのかな。


 本日の読了本はアーナルデュル・インドリダソンの『緑衣の女』。
 前作『湿地』で一気に日本のミステリファンにも知られるようになったアイスランドのミステリ作家インドリダソンだが、本作はその第二弾である(捜査官エーレンデュルのシリーズとしては四作目)。

 こんな話。住宅の建築現場で人骨が見つかった。レイキャヴィク警察のエーレンデュルをはじめとする面々は、さっそく現場へと向かったが、どうやら死体が埋められたのはかなり昔のことらしい。かつてこの付近にはサマーハウス、そして米軍や英軍のバラックもあったというが、果たしてそれらとの関係は? そして捜査を進めるうち浮かび上がってきた緑衣の女とは?

 緑衣の女

 うむ、前作同様のレベルで期待をまったく裏切らない。とにかく人間の業の深さを描かせるとインドリダソンは絶品である。日本ではまだ二作目の紹介ではあるが、インドリダソンはすでに安定感ある実力派とみなしても、まったく問題ないだろう。

 まず冒頭の一文がいい。
”床に座った子どもがしゃぶっているものを見て、若者はすぐにそれが人間の骨だとわかった”
 これが実に効いている。なんせ子どもが人骨をしゃぶっている絵面である。そんなイメージをいったん頭のなかに浮かべてしまった日にはもう後戻りはできない。読者は何とも言えない落ち着かなさを抱いたまま、先を読み急ぐしかないわけで、この時点でもう作者の術中にはまったも同然。
 そして、この事件と密接な関係がありそうな過去の出来事、さらには主人公エーレンデュルの私生活が並行して語られ、それらがアイスランドの抱える社会問題とオーバーラップする。この幾重にも重ねられた構造がまた絶妙のバランスで成り立っている。

 ただ、実際に読んでいるとあまりの重苦しさに、正直、楽しいという気持ちは芽生えない。社会問題を色濃く反映した警察小説はもはや北欧ミステリの十八番みたいになっているが、本作などはまさにその極北。DVや若者のヤク中などの描写も執拗であり、幸せな登場人物などほとんどいない。加えてミステリとしての仕掛けがあるわけでもなく驚くべき結末もない。
 しかし、しかしである。本作は間違いなく傑作である。この負の要素だらけの物語だからこそ、人は逆に希望を見出そうとするのであり、もちろん著者インドリダソンもそれは同じ。一度読み始めると真の救いが見えるまで読み続けるしかない、そんな物語とも言えるだろう。
 あ、もしかするとこれも中毒性が高い作品なのかもしれない。

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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