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赤川次郎/選『学園ミステリー傑作集 教室は危険がいっぱい』(光文社文庫)
1996年に光文社文庫で刊行されたアンソロジー『学園ミステリー傑作集 教室は危険がいっぱい』を読む。まずは収録作。
宮部みゆき「サボテンの花」
仁木悦子「鬼子母の手」
赤川次郎「わが子はアイス・キャンデー」
東野圭吾「小さな故意の物語」
辻真先「一件落着!」
夏樹静子「雨に消えて」
大下宇陀児「金口の巻煙草」
戸板康二「大学祭の美登利」
藤沢桓夫「不完全犯罪」
北村薫「織部の霊」

光文社文庫のミステリアンソロジーというと、今ではだいたい編者がミステリー文学資料館名義になっているようだが、当時はそういう決まったスタイルもなくて、本書ではなんと赤川次郎が起用されている。
当時の氏であれば超がつくほどの売れっ子なので、どこまで実際のセレクトに関わったかは怪しいところだが、とりあえず各作品すべてに氏のコメントがついているので、まずまず良心的な作りといえるだろう。面子も当時の新人からベテランまで満遍なく人気どころをそろえている印象。まあ、大下宇陀児だけやたら浮いている印象はあるけれど(苦笑)。
さて、学園ミステリーといっても、単に学生や教師が主役というだけでは物足りない。それにプラスして学校そのものを舞台とし、その独特の社会の在りようを事件に絡めるもしくは浮き彫りにする。そこまでいって初めて"学園ミステリー"といえるのではないかと思うのである。
そういう意味では、本書に収録されている作品の多くは、あえて学園ミステリーというようなものではない。目次ではわざわざ物語の舞台を小学校とか高校とか表記しているが、上で挙げた要件を満たす作品はそれほどなく、なかには主人公が子供でなくても成立する物語もあるほどだ。
とまあ、重箱の隅をつついてはみたけれども、これはあくまでジャンルや区分の問題であり、版元の売り方の問題である。それで作品自体の価値が落ちるというわけではなく、むしろ全般的には楽しめるアンソロジーだ。 特に年齢層が低い子供が活躍するものほど、いい作品が多かった。
宮部みゆき「サボテンの花」はサボテンの超能力を研究発表する子供たちの騒動を描く。他の教師や保護者が反対する中、子供たちを尊重する教頭先生の立ち位置がよく、心温まる物語になっている。
サボテンの超能力トリックは大したことはないが、子どもたちの研究発表そのものに隠された真相が鮮やかで胸を打つ。本書でもっとも学園ミステリーらしい学園ミステリーでもある。
これが仁木悦子の「鬼子母の手」になると、同じ子供を主人公にしていてもちょっぴり毒が入っていて、ほろ苦い結末が待っている。さすが仁木悦子は子供を描かせると巧い。この手がお好みなら本作も収録されている出版芸術社の『子供たちの探偵簿1朝の巻』がおすすめ。
高利貸しをはじめた子供の話、「わが子はアイス・キャンデー」もよい。今ではこれぐらいの設定は珍しくはないけれども、短いながらも物語の膨らませ方が巧い。赤川次郎が一流のストーリーテラーであることを再確認させてくれる佳作である。
東野圭吾「小さな故意の物語」は、高校内で発生した生徒の墜落事件の謎を親友が追うというもの。コンパクトによく練られたプロットで、さすがにこの人も巧い。ただし、主人公の口調や意識がとうてい高校生に感じられないのが残念。
「一件落着!」は辻真先らしいテレビ局を舞台にしたユーモアものであり密室もの。それほど凝ったトリックでもないうえに、個人的には文章が好みでないのが辛い。
なお、本作は主人公が学生ということ以外、学園ミステリーの要素は一切ない。
「雨に消えて」はやばい(笑)。誘拐事件と殺人事件の同時進行かと思わせておいて……といういきなりショッキングなスタート。久しぶりに夏樹静子の短編を読んだが、こんなダークな物語が書けた作家だったか。この序盤の仕掛けが効いているので、ラストがより効果的になっている。お見事。
ただ、これのどこが学園ミステリーか(笑)。
大下宇陀児の「金口の巻煙草」は一夜の学生の冒険を描いた作品。皮肉なオチがまずまず効いているが、それほどのレベルではなく、戦前ならではの古き良きスリラーという味わいを楽しむべき一編。
当然ながら本書中では浮きに浮いているが、 こういうのが唐突に入っているから編者は別にいたのかなと思うんだよなぁ。
「大学祭の美登利」は戸板康二らしさが光る粋な作品。文学部助教授にも注目されている女子学生が、学祭で「たけくらべ」に登場する美登利に扮することになったのだが……。いってみれば歴史ミステリーであり、とりたてて事件があるわけではないが、この女子学生を巡る先生たちの推理と反応が読みどころ。
ある社会学者の妻が殺害された。だが学者は完全犯罪をほのめかす脅迫状を送りつけられており、貞淑なはずの妻には実は愛人がいた……。藤沢桓夫の「不完全犯罪」はオーソドックスでストレートな設定が今読むと逆に新鮮に映る。残念ながら作品的には物足りないけれど、今ではなかなか読めない作家だけにちょっと嬉しい。
北村薫の「織部の霊」はご存じ"円紫師匠と私シリーズ"の一篇。日常の謎の走りといえるシリーズで、その記念すべき第一作でもある。安心して読める作品であることは間違いないが、本作や 「大学祭の美登利」「不完全犯罪」などは女子大生を主人公にしているだけであって、どう読んでも学園ミステリーじゃないんだけどね(笑)。
宮部みゆき「サボテンの花」
仁木悦子「鬼子母の手」
赤川次郎「わが子はアイス・キャンデー」
東野圭吾「小さな故意の物語」
辻真先「一件落着!」
夏樹静子「雨に消えて」
大下宇陀児「金口の巻煙草」
戸板康二「大学祭の美登利」
藤沢桓夫「不完全犯罪」
北村薫「織部の霊」

光文社文庫のミステリアンソロジーというと、今ではだいたい編者がミステリー文学資料館名義になっているようだが、当時はそういう決まったスタイルもなくて、本書ではなんと赤川次郎が起用されている。
当時の氏であれば超がつくほどの売れっ子なので、どこまで実際のセレクトに関わったかは怪しいところだが、とりあえず各作品すべてに氏のコメントがついているので、まずまず良心的な作りといえるだろう。面子も当時の新人からベテランまで満遍なく人気どころをそろえている印象。まあ、大下宇陀児だけやたら浮いている印象はあるけれど(苦笑)。
さて、学園ミステリーといっても、単に学生や教師が主役というだけでは物足りない。それにプラスして学校そのものを舞台とし、その独特の社会の在りようを事件に絡めるもしくは浮き彫りにする。そこまでいって初めて"学園ミステリー"といえるのではないかと思うのである。
そういう意味では、本書に収録されている作品の多くは、あえて学園ミステリーというようなものではない。目次ではわざわざ物語の舞台を小学校とか高校とか表記しているが、上で挙げた要件を満たす作品はそれほどなく、なかには主人公が子供でなくても成立する物語もあるほどだ。
とまあ、重箱の隅をつついてはみたけれども、これはあくまでジャンルや区分の問題であり、版元の売り方の問題である。それで作品自体の価値が落ちるというわけではなく、むしろ全般的には楽しめるアンソロジーだ。 特に年齢層が低い子供が活躍するものほど、いい作品が多かった。
宮部みゆき「サボテンの花」はサボテンの超能力を研究発表する子供たちの騒動を描く。他の教師や保護者が反対する中、子供たちを尊重する教頭先生の立ち位置がよく、心温まる物語になっている。
サボテンの超能力トリックは大したことはないが、子どもたちの研究発表そのものに隠された真相が鮮やかで胸を打つ。本書でもっとも学園ミステリーらしい学園ミステリーでもある。
これが仁木悦子の「鬼子母の手」になると、同じ子供を主人公にしていてもちょっぴり毒が入っていて、ほろ苦い結末が待っている。さすが仁木悦子は子供を描かせると巧い。この手がお好みなら本作も収録されている出版芸術社の『子供たちの探偵簿1朝の巻』がおすすめ。
高利貸しをはじめた子供の話、「わが子はアイス・キャンデー」もよい。今ではこれぐらいの設定は珍しくはないけれども、短いながらも物語の膨らませ方が巧い。赤川次郎が一流のストーリーテラーであることを再確認させてくれる佳作である。
東野圭吾「小さな故意の物語」は、高校内で発生した生徒の墜落事件の謎を親友が追うというもの。コンパクトによく練られたプロットで、さすがにこの人も巧い。ただし、主人公の口調や意識がとうてい高校生に感じられないのが残念。
「一件落着!」は辻真先らしいテレビ局を舞台にしたユーモアものであり密室もの。それほど凝ったトリックでもないうえに、個人的には文章が好みでないのが辛い。
なお、本作は主人公が学生ということ以外、学園ミステリーの要素は一切ない。
「雨に消えて」はやばい(笑)。誘拐事件と殺人事件の同時進行かと思わせておいて……といういきなりショッキングなスタート。久しぶりに夏樹静子の短編を読んだが、こんなダークな物語が書けた作家だったか。この序盤の仕掛けが効いているので、ラストがより効果的になっている。お見事。
ただ、これのどこが学園ミステリーか(笑)。
大下宇陀児の「金口の巻煙草」は一夜の学生の冒険を描いた作品。皮肉なオチがまずまず効いているが、それほどのレベルではなく、戦前ならではの古き良きスリラーという味わいを楽しむべき一編。
当然ながら本書中では浮きに浮いているが、 こういうのが唐突に入っているから編者は別にいたのかなと思うんだよなぁ。
「大学祭の美登利」は戸板康二らしさが光る粋な作品。文学部助教授にも注目されている女子学生が、学祭で「たけくらべ」に登場する美登利に扮することになったのだが……。いってみれば歴史ミステリーであり、とりたてて事件があるわけではないが、この女子学生を巡る先生たちの推理と反応が読みどころ。
ある社会学者の妻が殺害された。だが学者は完全犯罪をほのめかす脅迫状を送りつけられており、貞淑なはずの妻には実は愛人がいた……。藤沢桓夫の「不完全犯罪」はオーソドックスでストレートな設定が今読むと逆に新鮮に映る。残念ながら作品的には物足りないけれど、今ではなかなか読めない作家だけにちょっと嬉しい。
北村薫の「織部の霊」はご存じ"円紫師匠と私シリーズ"の一篇。日常の謎の走りといえるシリーズで、その記念すべき第一作でもある。安心して読める作品であることは間違いないが、本作や 「大学祭の美登利」「不完全犯罪」などは女子大生を主人公にしているだけであって、どう読んでも学園ミステリーじゃないんだけどね(笑)。
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Comments
Edit
涼さん
小学生ぐらいの子どもを描かせると、やはり男性より女性作家の方がうまい印象はありますね。
宮部みゆきは初期の代表作ぐらいしか読んでいないので、こういう話も書けるんだと感心しました。まあ、宮部さんはどんなジャンルでも書く人ではありますが(笑)。
Posted at 11:26 on 02 01, 2015 by sugata
Edit
面白そうですね!
古書店で見かけたら購入致します。
編者は流石に赤川先生はなさそうですね~(笑)。光文社文庫ですし、新保さんまたは山前さんではないでしょうか? でも管理人様も書かれているように、全ての作品に赤川先生の解説があるのは良心的だと思います。
赤川先生なら他に学園ミステリらしい作品がいくらでもありそうな気もしますが‥‥。
Posted at 00:51 on 02 01, 2015 by くさのま
くさのまさん
当代の売れっ子ぞろいで逆に新鮮味のないラインナップですから、もう十年以上積んでいた本なんですが、さすがにいざ読むと満足度は高いですね。この面子とテーマならわざわざ新保さんとか山前さんが出るまでもない気はしますが、さて真相はどうなんでしょう?
なお赤川氏のコメントはTwitterレベルの文字数ですので、あまり期待なさらずに。
Posted at 11:27 on 02 01, 2015 by sugata