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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


陳舜臣『枯草の根』(講談社文庫)

 陳舜臣の処女作にして乱歩賞受賞作の『枯草の根』を読む。もともと今年あたまの訃報を機に初期作品をいくつか読んでおこうかと思っていたところへ、先日読んだばかりの『探偵小説の街・神戸』も背中を押してくれた感じ。

 枯草の根

 師走のある日、神戸のアパートの一室で、金融業を営む老中国人の死体が発見される。死因は絞殺と見られ、ただちに捜査が開始された。やがて犯行のあった夜、彼の部屋を幾人かが訪れていたことが明らかになるものの、目撃者などの証言から事件は次第に不可能犯罪の様相を呈してくる。被害者と親しくしていた中華料理屋の店主、陶展文は、真相を探るため独自の調査を開始した。

 こんな感じであらすじを書くと、地味目な警察捜査主体のミステリかと思ってしまうけれど、序盤はむしろ早い場面転換で各主要人物のエピソードを立て続けに見せていく。しかもそのほとんどが中国人だったりするので、これから起こるであろう何かへの期待を抱かせるという点では悪くない滑り出しだ。
 ただ、その状況が意外に長く展開されるため、ストーリーそのものの全体像が掴みにくく、なんとなく茫洋とした感じで捗らないのは惜しい。事件が起きてからは、バラバラだったピースが少しづつはまっていく印象で波には乗れるけれども、それだけにこの前半のもたつきがもったいない。処女作ということもあるのだろうが、謎解きを手記に頼るところなども含め、ストーリー構成はまだ弱いところがある。

 だがそういった弱点もありながら、トータルでは十分に楽しめる一冊だった。
 著者の経歴もあって、見所はついつい神戸に住む華僑や中国系移民の暮らしぶりに傾いてしまうけれども、この側面がなかったら、やはり本書の乱歩賞はなかっただろう。いわゆる名調子・美文ではないのだけれど、会話や細かな描写にリアリティがあり、それを丁寧に積み重ねていく。容疑者も被害者も探偵役もいわゆるステレオタイプに陥っていないのがよい。
 これに加えてミステリとしての確かさがある。ド派手なトリックではないけれど、こちらもきちんと計算されたものだ。先に会話や細かな描写を丁寧に積み重ねていくと書いたが、それは伏線や手がかりなどにおいても同様なのである。それらの仕掛けを華僑の世界にうまく落とし込んでいるという印象だ。
 まさに著者にしか書けない、オリジナリティのある作品である。

※現在は集英社文庫版が比較的入手しやすい

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Comments

Edit

じっちゃんさん

学生時代だったら私もそれほど魅力を感じなかったかもしれませんね。全体的に落ち着いた感じがあるのですが、いい意味での猥雑さに欠けるというか。このあたり、世代によって受け止め方はだいぶ変わる気がします。
ですから今読めばまた違った感想をお持ちになるかもしれませんよ。いや保証はしませんが(笑)。

Posted at 00:27 on 03 11, 2015  by sugata

Edit

これ、ずいぶん前に(恐らく学生時代)に読んだことあります。内容はまったく覚えていませんが、読んで失望したことだけを覚えています(スミマセン)。

Posted at 05:59 on 03 10, 2015  by じっちゃん

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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