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 西東登の『クロコダイルの涙』を読む。乱歩賞受賞作の『蟻の木の下で』がけっこう良かったので、他のもいろいろと読み進めることにしたのだが、ほぼ絶滅状態なのが困ったものだ。確かに日本ミステリ史のうえではさほど目立った存在ではないけれど、それでも乱歩賞作家だし、長篇も20冊ぐらいはあるというのに。まあ古書価が比較的落ち着いているのが救いか。
 それはともかく本作は著者最後の長篇。これがまた、なかなかの異色作であった。

 クロコダイルの涙

 伊豆のとある別荘で、四人の人間が爆殺された。その惨状から身元すら不明だったが、やがてその四人は別荘主の実業家、政治家、俳優であることが明らかになる。その手口から当初は過激派の犯行かとも思われたが、手がかりすらなく、事件は迷宮入りかと思われたが……。

 ううむ、こうして書くとまったく平凡なストーリーにしか思えないのだが、実はここまではほんのプロローグ。比喩でも何でもなく、実際に導入部なのである。ここから時代は十数年前に遡り、そもそもの発端からあらためて展開するという趣向。
 実はこのあたりで作者がかなり大上段に構えすぎているような気がして、やや心配だったのだが、読み進むにしたがい、それはいい方に裏切られた。

 本作の大きな特徴は二つ。ひとつは倒叙ミステリーであるということ。十数年前に起こったある事件をきっかけに、犯人がやがて殺人計画を企て、それを完全犯罪として実行するものの、警察の捜査によってその計画が崩れ去るという流れである。
 ただ、大きなポイントではあるけれど、これだけなら特筆すべきものではない。しかし、これにもうひとつの大きな特徴が重なると、俄然、本作は輝きを増してくる。それが登場人物のほぼ全員による視点を取り入れていることだ。
 二人、あるいは三人程度の視点で交互に語る作品はたまにあるけれど、全編にわたって十人以上の登場人物に交互に事件を語らせるというのはあまり例がない。しかも被害者、容疑者、捜査陣、関係者など、非常に多様な目線なので、序盤は事件の概要すらよくわからない。
 だがそういう混沌の中から、ひとつひとつのつながりが明らかにされ、やがて自然に事件の構図が浮かび上がってくるのである。犯人が犯行を決意し、計画を練り上げていく中盤は、特にこのスタイルが効を奏しているように感じられる。
 やや強引な設定や展開もあったりして気になるところもないではないが、まずはこのスタイルで乗り切った作者の気合いに敬意を表したい。犯罪小説としては十分読ませる。

 惜しむらくは、完全犯罪がなぜ失敗に至ったか、そのネタが弱いことだ。本作をコロンボのような倒叙ミステリとして読むのは少々野暮なのだが、ここがもっと鮮やかに決まっていれば、本作は今でも読まれるような作品になったはず。惜しい!

テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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