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フェルディナント・フォン・シーラッハ『禁忌』(東京創元社)
フェルディナント・フォン・シーラッハの『禁忌』を読む。短編集『犯罪』で華々しいデビューを飾ったシーラッハの第二長篇である。
ドイツの名家に生まれたゼバスティアンは、文字に色を感じることのできる”共感覚”の持ち主だった。自分だけが認識できる世界で生きる彼は、他の誰とも心を通わせることができない。内面に深い孤独を抱えるゼバスティアンだが、やがて写真の世界に魅せられてカメラマンとして成功する。だがその矢先、彼は少女誘拐の容疑で逮捕され、殺人を自白する……。

まず書いておきたいのは、相変わらず文体の切れが鋭いこと。素っ気ないほどに短かい文章を重ねていくスタイルは寂寥感を増幅し、シーラッハの描く世界感をより強調している印象だ。これなくしては魅力も半減。個人的にはこの文体こそがシーラッハの小説を読む大きな楽しみのひとつである(もちろん訳者の力も大きい)。
シーラッハを読む楽しみはもうひとつ、それは物語の奇妙さである。法律では判断できないような不思議で不可解な人の営み。そんな奇妙な事件を通してシーラッハは人間の業を炙り出し、同時に正義や法の在り方を問うてくる。
短編集『犯罪』や『罪悪』、長篇『コリーニ事件』と、毎回風変わりな事件を描く著者だが、本作『禁忌』でもそういう根本的なところは些かもぶれていない。
さて本作では、ゼバスティアンがなぜ罪を犯したのかという動機の問題が軸に来るのだが、加えてゼバスティアンは本当に罪を犯したのかという大きな疑問も浮上する。そして最終的には、そもそも罪とは何なのかというところまで掘り下げる。
通常のミステリとシーラッハの作品を隔てるのは、まさにこのラインがあるからだろう。
その答えを明らかにするために、シーラッハはまずゼバスティアンという特殊な主人公の半生を描く。孤独な少年がカメラマンとして成功するまでの物語は短いながらも魅力的だ。
それが後半、一転してゼバスティアンは殺人事件の容疑者として読者の目の前に現れる。彼の生い立ちを追ってきた読者は、その人となりを多少なりとも理解したつもりであるから、それだけにショックは小さくない。だが同時にゼバスティアンの危うさをも知っているだけに、彼が犯罪者たる可能性もまた否定できないのだ。果たしてゼバスティアンは事件に関与しているのか否か。
というわけで本作を堪能したのは確かなのだが、実は終盤で少々期待を裏切られてしまった。全体的に演出過多というか、要は全体的にハッタリをかませすぎ、作りすぎなのである。
作者のテクニックというかスタイルといっていいと思うのだが、シーラッハはあえて詳しく描かないことで読者にメッセージを伝えようとする。いわゆる行間を読ませるというやつで、余白にこそ意味がある。
ところが本作では描かないことで想像を膨らませるというより、スタイルが先行しすぎたという印象が強い。もちろん著者はあえて行っているのだろうが、本国でも賛否両論あったというように、それが必ずしも成功しているとはいえないだろう。
策に溺れた感が無きにしもあらずで、むしろストレートに攻めた方がよかったのではないか、そんな風にも思った一冊だった。
ドイツの名家に生まれたゼバスティアンは、文字に色を感じることのできる”共感覚”の持ち主だった。自分だけが認識できる世界で生きる彼は、他の誰とも心を通わせることができない。内面に深い孤独を抱えるゼバスティアンだが、やがて写真の世界に魅せられてカメラマンとして成功する。だがその矢先、彼は少女誘拐の容疑で逮捕され、殺人を自白する……。

まず書いておきたいのは、相変わらず文体の切れが鋭いこと。素っ気ないほどに短かい文章を重ねていくスタイルは寂寥感を増幅し、シーラッハの描く世界感をより強調している印象だ。これなくしては魅力も半減。個人的にはこの文体こそがシーラッハの小説を読む大きな楽しみのひとつである(もちろん訳者の力も大きい)。
シーラッハを読む楽しみはもうひとつ、それは物語の奇妙さである。法律では判断できないような不思議で不可解な人の営み。そんな奇妙な事件を通してシーラッハは人間の業を炙り出し、同時に正義や法の在り方を問うてくる。
短編集『犯罪』や『罪悪』、長篇『コリーニ事件』と、毎回風変わりな事件を描く著者だが、本作『禁忌』でもそういう根本的なところは些かもぶれていない。
さて本作では、ゼバスティアンがなぜ罪を犯したのかという動機の問題が軸に来るのだが、加えてゼバスティアンは本当に罪を犯したのかという大きな疑問も浮上する。そして最終的には、そもそも罪とは何なのかというところまで掘り下げる。
通常のミステリとシーラッハの作品を隔てるのは、まさにこのラインがあるからだろう。
その答えを明らかにするために、シーラッハはまずゼバスティアンという特殊な主人公の半生を描く。孤独な少年がカメラマンとして成功するまでの物語は短いながらも魅力的だ。
それが後半、一転してゼバスティアンは殺人事件の容疑者として読者の目の前に現れる。彼の生い立ちを追ってきた読者は、その人となりを多少なりとも理解したつもりであるから、それだけにショックは小さくない。だが同時にゼバスティアンの危うさをも知っているだけに、彼が犯罪者たる可能性もまた否定できないのだ。果たしてゼバスティアンは事件に関与しているのか否か。
というわけで本作を堪能したのは確かなのだが、実は終盤で少々期待を裏切られてしまった。全体的に演出過多というか、要は全体的にハッタリをかませすぎ、作りすぎなのである。
作者のテクニックというかスタイルといっていいと思うのだが、シーラッハはあえて詳しく描かないことで読者にメッセージを伝えようとする。いわゆる行間を読ませるというやつで、余白にこそ意味がある。
ところが本作では描かないことで想像を膨らませるというより、スタイルが先行しすぎたという印象が強い。もちろん著者はあえて行っているのだろうが、本国でも賛否両論あったというように、それが必ずしも成功しているとはいえないだろう。
策に溺れた感が無きにしもあらずで、むしろストレートに攻めた方がよかったのではないか、そんな風にも思った一冊だった。
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Comments
Edit
本作をそろそろと思っているのですが、まだ未入手という有り様です。
あのキレの良い文章が恋しいです。
近々を目指します(笑)。
Posted at 13:17 on 06 09, 2015 by ksbc
ksbc さん
私もずいぶん出遅れたなぁと思って読み始めたのですが(いつものことですけどね)、上には上がいますね(笑)。
でも10年前、20年前、30年前の新刊だって読んでいないものが多いんですから、新刊ばかり焦って読む必要はないですよね。好きなものを好きなときに読んでいきましょう!
Posted at 23:52 on 06 09, 2015 by sugata