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大河内常平『九十九本の妖刀』(戎光祥出版)
戎光祥出版の「ミステリ珍本全集」から大河内常平の『九十九本の妖刀』を読む。
ミステリ珍本全集は知る人ぞ知る怪作・珍作を出してくれる稀有な叢書。そのレア度やトンデモ度の高さは言うまでもないことだが、だからといって魅力はそれだけではなく、大阪圭吉や橘外男の作品など、絶版になっていたのが不思議なくらいの佳作も少なくない。
そこにいよいよ大河内常平の登場である。戦前・戦後にデビューした多くの作家が復刻ブームにのって紹介されてきたが、これまで大河内常平だけは一冊も紹介されていなかった。したがってレア度は文句なし。
嬉しいのはネットでのレビュー等をのぞいてみると、中身も意外に期待できそうなこと。通俗的ながらもバラエティに富んだ作風であり、とりわけ刀剣の鑑定家という一面を活かした作品は要注目である。まあ全体的にはB級であることは想像に難くないが、ぜひスペシャルなB級であってほしいと読み始めた。

収録作は以下のとおり。編者・日下三蔵氏のお気に入りでもある長編の「九十九本の妖刀」、「餓鬼の館」を収録し、その二編がともに刀剣ものということで、短編もすべて刀剣ものでまとめた構成となっている。
PART 1 九十九本の妖刀
「九十九本の妖刀」
「安房国住広正」
PART 2 餓鬼の館
「餓鬼の館」
PART 3 単行本未収録短篇集
「妖刀記」
「刀匠」
「刀匠忠俊の死」
「不吉な刀」
「死斑の剣」
「妖刀流転」
「なまずの肌」
まず長編からいこう。「九十九本の妖刀」は岩手県を舞台にした伝奇ミステリである。
東京から岩手にやってきたドサ回りのストリップ一座の五人。彼らは北上山脈の山づたいに町々を巡回していたが、その途中で彼らの後を尾けてくる怪しい老婆の姿に気づく。老婆を気にしつつも山道を進む一行だったが、男たちが飲み水を探している間、荷物の番をさせていた二人のストリッパーたちが消えてしまう。 男たちは五日間も山中を彷徨い、ようやく人里にたどり着いて警察に届け出るが、依然としてストリッパーたちは見つからず、唯一の手がかりは謎の老婆だけだった。
そんなとき捜査線上に浮かび上がったのは、十年間に同地で起こった凄惨な女性殺害事件だった……。
うわあ、これは凄いわ。日本刀をテーマにした伝奇ミステリとは聞いていたが、まさかこういう話だとはまったく予想していなかった。前半はあくまでミステリの形をとっているし、真相にしても特に超自然的な要素などはまったくないのだが、ここまで日本刀を軸にして話を膨らませるとは恐れ入る。
こんな着地点をいったい誰が予想できようか。日本刀にかける熱量が高すぎるゆえか、その魅力や魔力を際立たせるためだけに、わざわざ凄惨な描写や恐るべき真相を用意したとしか思えないほどである。
B級を通り越して、あちらの世界にいってしまっている感もあるが、それでもリーダビリティは異常に高く、後半の怒涛の展開はまったく目が離せない。
良識あるミステリファンにはちょっとおすすめできる代物ではないが、いやあ管理人的には全然OKである。
もうひとつの長編「餓鬼の館」も伝奇小説。ただし、こちらは「九十九本の妖刀」ほどミステリタッチではなく、より正統的な伝奇スリラーといった趣である。
時は戦時中。とある将校が赴任先で用意された屋敷へ引っ越してくるところから幕を開ける。しかし、実はその屋敷、地元民から化け物屋敷と噂される曰くつきの屋敷であった。
ある日のこと、屋敷から古文書が見つかり、たまたま将校が持ち合わせていた日本刀についての由来が書かれていた。それによると、その刀は数々の生体を試し切りした、これまた曰くつきの日本刀であったことがわかる。
やがてそんな因縁が招き寄せたか、数々の変事が屋敷で発生する……。
おおお、こっちも凄いぞ。伝奇小説の完成度としては「九十九本の妖刀」以上である。
今でいうホラーに近いイメージで、むちゃな真相ではあるのだが、オーソドックスな恐怖の盛り上げ方、正邪の対立の構造がはっきりしているなど、物語自体はど真ん中のストレート。また、日本刀に関わる因縁が鍵とはいえ、いろいろなエピソードをたたみかけてくるので、なかなか先を予想させないのもいい。
決して文章がうまい作家ではないのだが、熱の高さが勢いを与えているというか、物語を加速させているといった感じだ。
ただ、笑えるのは「九十九本の妖刀」と「餓鬼の館」の真相が意外に似ていたりして、二作収録してくれたのは実にありがたいのだが、あまり続けて読むべきではない(苦笑)。
これだけで十分お腹いっぱいなんで、短編はさらっと。
かつて講談社から刊行された単行本『九十九本の妖刀』に収録されていた「安房国住広正」は、なんと密室ものである。もちろんこれにしても日本刀が重要なファクターになっており、日本刀に造詣の深い著者にしか書けない一作だろう。
ただ、それだけでは終わらせない妙な味もあって、これは比較的広くおすすめできる作品といえる。
それに比べると、「PART 3 単行本未収録短篇集」に入っている方は正直それほどのレベルではない。印象に残っているものはまず「妖刀記」。日本刀がただの武器でなく、日本人の精神性につながるものであることを強く感じさせ、これは悪くないだろう。
「刀匠忠俊の死」はラストのオチがいまひとつでミステリとしては凡作だが、刀匠と弟子のドラマで読ませ、刀匠の蘊蓄も興味深い。
ということで短篇はやや消化不良だが、長編のインパクトは十分すぎるほどあって、すっかり大河内常平のファンになってしまった。
わざわざ古書を探す気はないが、長編はまだまだ残っているので、できればぜひとも二巻目を組んでもらいたいものである。
ミステリ珍本全集は知る人ぞ知る怪作・珍作を出してくれる稀有な叢書。そのレア度やトンデモ度の高さは言うまでもないことだが、だからといって魅力はそれだけではなく、大阪圭吉や橘外男の作品など、絶版になっていたのが不思議なくらいの佳作も少なくない。
そこにいよいよ大河内常平の登場である。戦前・戦後にデビューした多くの作家が復刻ブームにのって紹介されてきたが、これまで大河内常平だけは一冊も紹介されていなかった。したがってレア度は文句なし。
嬉しいのはネットでのレビュー等をのぞいてみると、中身も意外に期待できそうなこと。通俗的ながらもバラエティに富んだ作風であり、とりわけ刀剣の鑑定家という一面を活かした作品は要注目である。まあ全体的にはB級であることは想像に難くないが、ぜひスペシャルなB級であってほしいと読み始めた。

収録作は以下のとおり。編者・日下三蔵氏のお気に入りでもある長編の「九十九本の妖刀」、「餓鬼の館」を収録し、その二編がともに刀剣ものということで、短編もすべて刀剣ものでまとめた構成となっている。
PART 1 九十九本の妖刀
「九十九本の妖刀」
「安房国住広正」
PART 2 餓鬼の館
「餓鬼の館」
PART 3 単行本未収録短篇集
「妖刀記」
「刀匠」
「刀匠忠俊の死」
「不吉な刀」
「死斑の剣」
「妖刀流転」
「なまずの肌」
まず長編からいこう。「九十九本の妖刀」は岩手県を舞台にした伝奇ミステリである。
東京から岩手にやってきたドサ回りのストリップ一座の五人。彼らは北上山脈の山づたいに町々を巡回していたが、その途中で彼らの後を尾けてくる怪しい老婆の姿に気づく。老婆を気にしつつも山道を進む一行だったが、男たちが飲み水を探している間、荷物の番をさせていた二人のストリッパーたちが消えてしまう。 男たちは五日間も山中を彷徨い、ようやく人里にたどり着いて警察に届け出るが、依然としてストリッパーたちは見つからず、唯一の手がかりは謎の老婆だけだった。
そんなとき捜査線上に浮かび上がったのは、十年間に同地で起こった凄惨な女性殺害事件だった……。
うわあ、これは凄いわ。日本刀をテーマにした伝奇ミステリとは聞いていたが、まさかこういう話だとはまったく予想していなかった。前半はあくまでミステリの形をとっているし、真相にしても特に超自然的な要素などはまったくないのだが、ここまで日本刀を軸にして話を膨らませるとは恐れ入る。
こんな着地点をいったい誰が予想できようか。日本刀にかける熱量が高すぎるゆえか、その魅力や魔力を際立たせるためだけに、わざわざ凄惨な描写や恐るべき真相を用意したとしか思えないほどである。
B級を通り越して、あちらの世界にいってしまっている感もあるが、それでもリーダビリティは異常に高く、後半の怒涛の展開はまったく目が離せない。
良識あるミステリファンにはちょっとおすすめできる代物ではないが、いやあ管理人的には全然OKである。
もうひとつの長編「餓鬼の館」も伝奇小説。ただし、こちらは「九十九本の妖刀」ほどミステリタッチではなく、より正統的な伝奇スリラーといった趣である。
時は戦時中。とある将校が赴任先で用意された屋敷へ引っ越してくるところから幕を開ける。しかし、実はその屋敷、地元民から化け物屋敷と噂される曰くつきの屋敷であった。
ある日のこと、屋敷から古文書が見つかり、たまたま将校が持ち合わせていた日本刀についての由来が書かれていた。それによると、その刀は数々の生体を試し切りした、これまた曰くつきの日本刀であったことがわかる。
やがてそんな因縁が招き寄せたか、数々の変事が屋敷で発生する……。
おおお、こっちも凄いぞ。伝奇小説の完成度としては「九十九本の妖刀」以上である。
今でいうホラーに近いイメージで、むちゃな真相ではあるのだが、オーソドックスな恐怖の盛り上げ方、正邪の対立の構造がはっきりしているなど、物語自体はど真ん中のストレート。また、日本刀に関わる因縁が鍵とはいえ、いろいろなエピソードをたたみかけてくるので、なかなか先を予想させないのもいい。
決して文章がうまい作家ではないのだが、熱の高さが勢いを与えているというか、物語を加速させているといった感じだ。
ただ、笑えるのは「九十九本の妖刀」と「餓鬼の館」の真相が意外に似ていたりして、二作収録してくれたのは実にありがたいのだが、あまり続けて読むべきではない(苦笑)。
これだけで十分お腹いっぱいなんで、短編はさらっと。
かつて講談社から刊行された単行本『九十九本の妖刀』に収録されていた「安房国住広正」は、なんと密室ものである。もちろんこれにしても日本刀が重要なファクターになっており、日本刀に造詣の深い著者にしか書けない一作だろう。
ただ、それだけでは終わらせない妙な味もあって、これは比較的広くおすすめできる作品といえる。
それに比べると、「PART 3 単行本未収録短篇集」に入っている方は正直それほどのレベルではない。印象に残っているものはまず「妖刀記」。日本刀がただの武器でなく、日本人の精神性につながるものであることを強く感じさせ、これは悪くないだろう。
「刀匠忠俊の死」はラストのオチがいまひとつでミステリとしては凡作だが、刀匠と弟子のドラマで読ませ、刀匠の蘊蓄も興味深い。
ということで短篇はやや消化不良だが、長編のインパクトは十分すぎるほどあって、すっかり大河内常平のファンになってしまった。
わざわざ古書を探す気はないが、長編はまだまだ残っているので、できればぜひとも二巻目を組んでもらいたいものである。
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