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トム・ロブ・スミス『チャイルド44(下)』(新潮文庫)
トム・ロブ・スミスの『チャイルド44』の下巻読了。なるほど、これは傑作。さすがに当時の各種ミステリベストテンで選ばれただけのことはあり、非常に良質のエンターテインメントだった。
スターリン体制下のソビエト連邦。捜査官レオ・デミドフは部下の策略に填められ、妻ライーサとともに僻地へ左遷されるが、そこでかつて自分が関わった殺人事件と再び交わることになる。地位や名誉、妻、家族……あらゆるものを失おうとしているレオだったが、人としての尊厳を取り戻すため、最後の捜査に挑む。

この作品が凄いなと思わせるのは、大きな三つの要素を違和感なくプロットに溶け込ませ、ストーリーとして展開していることである。
その三つの要素だが、ひとつはもちろん子供を狙った連続殺人の捜査だ。しかも口の中に土を入れ、胃袋を取られるという猟奇的な犯罪である。主人公レオはこの共通点に気づいて、既に解決済み扱いされた事件をあらためて調べてゆく。
純粋なミステリ的興味としては、実はそこまでの力があるわけではない。ただ、レオをとりまく状況があまりに過酷なため、その弱い部分を補って余りあるのである。上からの圧力などはほんの序の口、捜査権を剥奪されたうえ、最終的には国家に対する反逆者として追われながら捜査を進めていく。ハードボイルドを越えてもはや冒険小説の世界である。
もうひとつの要素は体制による支配の恐ろしさを描くこと。本来は相反するべきではない国家と個人の利益。だが彼の国では様子が違う。その在り方を一歩間違えただけで、個の存在は理想の国家のためにいともたやすく葬られる。主人公のレオだけではなく、さまざまな地位・立場の者を通して、恐るべき国家の姿を描いてゆく。
結果的にレオは反逆者として追われる羽目になるが、このレオと妻ライーサの逃避行が、事件の捜査以上に大きなストーリーラインとなっている。
三つ目の要素は、そういった極限的な状況に置かれたなか、人はどう生きるべきなのか、どうあるべきなのかを問うている。物語の大きなテーマのひとつでもあるのだが、ライーサや両親との愛、そして人の尊厳。それらに対する問いかけは物語の中で何度も描かれる。
レオも当初は体制側の人間である。理想の国家を信じ、家族を守るためと自分に言い聞かせながらも、他者に対しては権力を振るい続けた。
だが、それが自分に跳ね返ってきたとき、ようやく自分の愚かさに気づく。そしてどん底の状態になったとき、初めて守るべきものが見えてくるのだ。
舞台が舞台なだけに、ベタではあるがこの喪失と再生の物語は非常に強烈なインパクトを与えてくれる。
正直、盛り込みすぎではないかという気もしないではない。とはいえ上に挙げた要素は実に密に融合しており、また、ダイレクトに結びつける鍵が終盤に明らかになるなど、著者は抜かりがない。
後半はけっこう御都合主義的に走る場面もあるのが玉に瑕だが、結果的にはそれが静かな前半から後半怒濤の展開という流れを生み、これも結果オーライという感じだ。とにかくこれほど詰め込んだわりには派目立ったプロットの破綻もなく、綺麗にまとめ上げた手腕を評価したい。
当然、次は続編の『グラーグ57』になるのだが、続けて読むのは少々胃にもたれそう。とはいえストーリーを覚えているうちに手をつけたいところだし、ううむ、悩みます。
スターリン体制下のソビエト連邦。捜査官レオ・デミドフは部下の策略に填められ、妻ライーサとともに僻地へ左遷されるが、そこでかつて自分が関わった殺人事件と再び交わることになる。地位や名誉、妻、家族……あらゆるものを失おうとしているレオだったが、人としての尊厳を取り戻すため、最後の捜査に挑む。

この作品が凄いなと思わせるのは、大きな三つの要素を違和感なくプロットに溶け込ませ、ストーリーとして展開していることである。
その三つの要素だが、ひとつはもちろん子供を狙った連続殺人の捜査だ。しかも口の中に土を入れ、胃袋を取られるという猟奇的な犯罪である。主人公レオはこの共通点に気づいて、既に解決済み扱いされた事件をあらためて調べてゆく。
純粋なミステリ的興味としては、実はそこまでの力があるわけではない。ただ、レオをとりまく状況があまりに過酷なため、その弱い部分を補って余りあるのである。上からの圧力などはほんの序の口、捜査権を剥奪されたうえ、最終的には国家に対する反逆者として追われながら捜査を進めていく。ハードボイルドを越えてもはや冒険小説の世界である。
もうひとつの要素は体制による支配の恐ろしさを描くこと。本来は相反するべきではない国家と個人の利益。だが彼の国では様子が違う。その在り方を一歩間違えただけで、個の存在は理想の国家のためにいともたやすく葬られる。主人公のレオだけではなく、さまざまな地位・立場の者を通して、恐るべき国家の姿を描いてゆく。
結果的にレオは反逆者として追われる羽目になるが、このレオと妻ライーサの逃避行が、事件の捜査以上に大きなストーリーラインとなっている。
三つ目の要素は、そういった極限的な状況に置かれたなか、人はどう生きるべきなのか、どうあるべきなのかを問うている。物語の大きなテーマのひとつでもあるのだが、ライーサや両親との愛、そして人の尊厳。それらに対する問いかけは物語の中で何度も描かれる。
レオも当初は体制側の人間である。理想の国家を信じ、家族を守るためと自分に言い聞かせながらも、他者に対しては権力を振るい続けた。
だが、それが自分に跳ね返ってきたとき、ようやく自分の愚かさに気づく。そしてどん底の状態になったとき、初めて守るべきものが見えてくるのだ。
舞台が舞台なだけに、ベタではあるがこの喪失と再生の物語は非常に強烈なインパクトを与えてくれる。
正直、盛り込みすぎではないかという気もしないではない。とはいえ上に挙げた要素は実に密に融合しており、また、ダイレクトに結びつける鍵が終盤に明らかになるなど、著者は抜かりがない。
後半はけっこう御都合主義的に走る場面もあるのが玉に瑕だが、結果的にはそれが静かな前半から後半怒濤の展開という流れを生み、これも結果オーライという感じだ。とにかくこれほど詰め込んだわりには派目立ったプロットの破綻もなく、綺麗にまとめ上げた手腕を評価したい。
当然、次は続編の『グラーグ57』になるのだが、続けて読むのは少々胃にもたれそう。とはいえストーリーを覚えているうちに手をつけたいところだし、ううむ、悩みます。
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