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クリスチアナ・ブランド『薔薇の輪』(創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランドといえばいわゆる黄金期の英国探偵作家の正統的な後継ぎ。しかもレベルが高いうえに作品ごとの出来のムラが少なく、その実力は本格ファンなら知らない人はいないだろう。そんな彼女の未訳長篇が出たというのだから、これは期待するなという方が無理な話である。
というわけで本日の読了本はクリスチアナ・ブランドの『薔薇の輪』。1977年にメアリ・アン・アッシュ名義で書かれた著者最晩年の作品である。最近では同じ東京創元社から出た『領主館の花嫁たち』が記憶に新しいが、あちらはゴシック風味だったのに対し、本作は本領発揮の本格ミステリなのが嬉しい。
ロンドンで活躍する女優のエステラ。彼女にはウェールズで離れて暮らす身体が不自由な幼い娘がいた。「スウィートハート」という愛称で呼ばれるその娘とエステラとの交流は、毎週、新聞で連載記事になっており、絶大な人気を誇っていた。
しかし、実はその記事はうわべを取り繕った作り話であり、ごくごく一部の人間、彼女の秘書や新聞記者、古くからの友人らに支えられて秘密が守られていた。
そんなときアメリカで服役しているエステラの夫・アルが釈放される。アルはシカゴの大物ギャングだが心臓病を患っており、死ぬ前に一度だけ娘に会いたいという。娘の状況を新聞記事でしか知らないアルが、果たして真実を目にしたら……。慌てるエステラたちだったが、とうとうアルがロンドンにやってきて……。

往年の傑作に比べるとやや落ちるけれど、ブランド作品を読む愉しみは十分に満たされた。
登場人物はごく少数で、二つの死体、一人の行方不明者をめぐって紆余曲折する謎解きが描かれる様は、まさにブランドの真骨頂。探偵役のチャッキー警部が信頼できない関係者らに囲まれつつ、可能性をひとつずつ検討していくのが楽しいのである。
あまりに限定されすぎた状況ゆえ真相が予測しやすい欠点はあるので、いっそのこと深読みはせず、チャッキー警部の推理に浸っていっしょにイライラするのがよろしいかと。
ミステリ的要素から少し離れると、ブランドならではのシニカルというかブラックなところも健在で、いや晩年の作品だけにむしろ磨きがかかっている節もある。
でっちあげの経歴や美談でもってスターに登りつめるというのは、まあありそうな話だが、その内容が美しい女優の母と障がいをもつ娘の交流というあざとさ。娘については性格も見た目も読者受けするよう徹底的に装飾を施すという質の悪さである。この娘を取り巻く関係者の心理や言動を、ブランドはとことん醒めた目で描写するのが興味深い。不謹慎ではあるが、基本、人間はこういう生き物なのだ。
ちなみに本作がこれまで訳されなかったのも、このあたりに事情がありそうである。
物語の背景が、最近我が国でも話題になった佐村河内某の事件を連想させるように、ネタ自体は意外と新鮮。真相が予測しやすいとは書いたが、トータルでは文句なしに楽しめる一冊である。
というわけで本日の読了本はクリスチアナ・ブランドの『薔薇の輪』。1977年にメアリ・アン・アッシュ名義で書かれた著者最晩年の作品である。最近では同じ東京創元社から出た『領主館の花嫁たち』が記憶に新しいが、あちらはゴシック風味だったのに対し、本作は本領発揮の本格ミステリなのが嬉しい。
ロンドンで活躍する女優のエステラ。彼女にはウェールズで離れて暮らす身体が不自由な幼い娘がいた。「スウィートハート」という愛称で呼ばれるその娘とエステラとの交流は、毎週、新聞で連載記事になっており、絶大な人気を誇っていた。
しかし、実はその記事はうわべを取り繕った作り話であり、ごくごく一部の人間、彼女の秘書や新聞記者、古くからの友人らに支えられて秘密が守られていた。
そんなときアメリカで服役しているエステラの夫・アルが釈放される。アルはシカゴの大物ギャングだが心臓病を患っており、死ぬ前に一度だけ娘に会いたいという。娘の状況を新聞記事でしか知らないアルが、果たして真実を目にしたら……。慌てるエステラたちだったが、とうとうアルがロンドンにやってきて……。

往年の傑作に比べるとやや落ちるけれど、ブランド作品を読む愉しみは十分に満たされた。
登場人物はごく少数で、二つの死体、一人の行方不明者をめぐって紆余曲折する謎解きが描かれる様は、まさにブランドの真骨頂。探偵役のチャッキー警部が信頼できない関係者らに囲まれつつ、可能性をひとつずつ検討していくのが楽しいのである。
あまりに限定されすぎた状況ゆえ真相が予測しやすい欠点はあるので、いっそのこと深読みはせず、チャッキー警部の推理に浸っていっしょにイライラするのがよろしいかと。
ミステリ的要素から少し離れると、ブランドならではのシニカルというかブラックなところも健在で、いや晩年の作品だけにむしろ磨きがかかっている節もある。
でっちあげの経歴や美談でもってスターに登りつめるというのは、まあありそうな話だが、その内容が美しい女優の母と障がいをもつ娘の交流というあざとさ。娘については性格も見た目も読者受けするよう徹底的に装飾を施すという質の悪さである。この娘を取り巻く関係者の心理や言動を、ブランドはとことん醒めた目で描写するのが興味深い。不謹慎ではあるが、基本、人間はこういう生き物なのだ。
ちなみに本作がこれまで訳されなかったのも、このあたりに事情がありそうである。
物語の背景が、最近我が国でも話題になった佐村河内某の事件を連想させるように、ネタ自体は意外と新鮮。真相が予測しやすいとは書いたが、トータルでは文句なしに楽しめる一冊である。
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