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三島由紀夫『命売ります』(ちくま文庫)
最近、書店の文庫コーナーでやけに気合いの入ったディスプレイで気になっていたのが三島由紀夫の『命売ります』。
よくよく調べてみると、どうやら書店というよりも版元の筑摩書房がプッシュしているらしい。今年が三島由紀夫の生誕90年ということもあり、その中で毛色の変わった本作が注目され始め、これを機に筑摩書房で売り込みをかけたようだ。で、それが効を奏したか今年の七月にはなんと計七万部もの重版がかかったらしい。
版元ががんばったとはいえ、古典レベルの作家のマイナー作品が七万部。映画化やテレビで派手に取りあげられたとかという話もないなかでの七万部である。これは凄い。
まあ、そういう状況があって興味を惹いたこともあるのだが、実際に読もうという気になったのは、やはり中身が面白そうだったから。手書き風のオビのキャッチによると「隠れた怪作小説」とか「極上エンタメ小説」とか、三島由紀夫の作品とはおよそ縁遠そうな言葉が踊っているのだから、これは気になる。
というわけでさっそく買って読んでみた。
広告会社に勤務するコピーライターの山田羽仁男は、あるとき新聞紙の活字がすべてゴキブリに見え、世の中が無意味なものに思えてしまう。そこで大量の睡眠薬を飲んで自殺を図るが見事に失敗。
ところが自殺しそこなったことで、羽仁男はなぜかカラッポで自由な世界が目の前に開けたような気持ちになる。そこで羽仁男はさっそく会社を辞めると、三流新聞に「命売ります」という広告を出し、アパートの部屋の前には「ライフ・フォア・セイル」という看板を掲げるのだった……。

おお、これは確かにエンターテインメントだ。昨今では純文学と娯楽小説の垣根が低くなっているけれど、当時(1960年代)はもっと高い垣根だったはずで、その時代に三島がこんな小説を書いていたのかという軽い驚きがある(三島ファンには何を今さらなんだろうけど)。
死ぬことを怖れない羽仁男のもとを訪れるさまざまなお客。スパイやギャング、果ては吸血鬼といった面々が羽仁男の命を買おうとするが、なぜかそのたびに助かってしまい、売上もどんどん増える始末。ところがそうなると今度は命が惜しくなり……という展開は比較的ベタで予想しやすいものだけれど、十分に楽しめる出来。
解説によると、この命に関わるストレートなドタバタ(アプローチ)が、むしろシリアスな文学よりも三島の本音が出ているのではないかという解釈は非常に腑に落ちるところである。一見、三島っぽくないこの物語では死を茶化しているようにも思えるが、その死生観は文章の端々からうかがえ、はっとするような惹句や警句が目白押しである。
ただ、「プレイボーイ」に連載されたことも関係あると思うが、全体にはややあざといというか、無理している感がなきにしもあらず。
個人的にもっとも惹かれたのは、全体的な雰囲気が三島流奇妙な味とでもいうようなものに仕上がっていること。娯楽小説ではあるが決して軽くはなく、死を扱ってはいるが決して重くはなく、テーマと文章、物語のすべてがふわっとしたバランスのうえで融合しており、このゆるい世界観が心地よい。
ミステリ要素も少し混じっていたりするので、普段は文学なんてと敬遠しているミステリファンにもオススメしておく。
よくよく調べてみると、どうやら書店というよりも版元の筑摩書房がプッシュしているらしい。今年が三島由紀夫の生誕90年ということもあり、その中で毛色の変わった本作が注目され始め、これを機に筑摩書房で売り込みをかけたようだ。で、それが効を奏したか今年の七月にはなんと計七万部もの重版がかかったらしい。
版元ががんばったとはいえ、古典レベルの作家のマイナー作品が七万部。映画化やテレビで派手に取りあげられたとかという話もないなかでの七万部である。これは凄い。
まあ、そういう状況があって興味を惹いたこともあるのだが、実際に読もうという気になったのは、やはり中身が面白そうだったから。手書き風のオビのキャッチによると「隠れた怪作小説」とか「極上エンタメ小説」とか、三島由紀夫の作品とはおよそ縁遠そうな言葉が踊っているのだから、これは気になる。
というわけでさっそく買って読んでみた。
広告会社に勤務するコピーライターの山田羽仁男は、あるとき新聞紙の活字がすべてゴキブリに見え、世の中が無意味なものに思えてしまう。そこで大量の睡眠薬を飲んで自殺を図るが見事に失敗。
ところが自殺しそこなったことで、羽仁男はなぜかカラッポで自由な世界が目の前に開けたような気持ちになる。そこで羽仁男はさっそく会社を辞めると、三流新聞に「命売ります」という広告を出し、アパートの部屋の前には「ライフ・フォア・セイル」という看板を掲げるのだった……。

おお、これは確かにエンターテインメントだ。昨今では純文学と娯楽小説の垣根が低くなっているけれど、当時(1960年代)はもっと高い垣根だったはずで、その時代に三島がこんな小説を書いていたのかという軽い驚きがある(三島ファンには何を今さらなんだろうけど)。
死ぬことを怖れない羽仁男のもとを訪れるさまざまなお客。スパイやギャング、果ては吸血鬼といった面々が羽仁男の命を買おうとするが、なぜかそのたびに助かってしまい、売上もどんどん増える始末。ところがそうなると今度は命が惜しくなり……という展開は比較的ベタで予想しやすいものだけれど、十分に楽しめる出来。
解説によると、この命に関わるストレートなドタバタ(アプローチ)が、むしろシリアスな文学よりも三島の本音が出ているのではないかという解釈は非常に腑に落ちるところである。一見、三島っぽくないこの物語では死を茶化しているようにも思えるが、その死生観は文章の端々からうかがえ、はっとするような惹句や警句が目白押しである。
ただ、「プレイボーイ」に連載されたことも関係あると思うが、全体にはややあざといというか、無理している感がなきにしもあらず。
個人的にもっとも惹かれたのは、全体的な雰囲気が三島流奇妙な味とでもいうようなものに仕上がっていること。娯楽小説ではあるが決して軽くはなく、死を扱ってはいるが決して重くはなく、テーマと文章、物語のすべてがふわっとしたバランスのうえで融合しており、このゆるい世界観が心地よい。
ミステリ要素も少し混じっていたりするので、普段は文学なんてと敬遠しているミステリファンにもオススメしておく。
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