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 おなじみ「ミステリ珍本全集」から三橋一夫の『魔の淵』を読む。
 三橋一夫といえ ば"まぼろし部落"と称される幻想系の短編、長篇では明朗小説やアクション小説といったところがよく知られているが、本書に収録されているのは、それらのジャンルから少し外れたサスペンス系の物語。しかもそれが三長編一挙収録というわけで、相変わらずこの叢書はやってくれる。
 そもそも今でこそ"まぼろし部落"は新刊でも手軽に読めるようになったが、それもこの十年ほどの話。長篇にいたっては未だにすべてが入手難というハードルの高さである。自分で入手する場合の手間とお金を考えると、ミステリ珍本全集がいかにありがたいかわかるというものだ。
 ということで、今回も編者と版元に感謝しつつページをめくる。収録作は以下のとおり。

「魔の淵」
「卍の塔」
「第三の影」

 魔の淵

 まずは「魔の淵」。これは地方の豪商を舞台にした愛憎のドラマである。
 主人の風間弁助は入り婿ながら、その商才で風間商店を発展させた。しかし独善的な性格もあって、身体を悪くした本妻・春乃とその息子・純夫には冷たくあたる。遂には春乃の療養と称して二人を郊外の別宅に住まわせることにしたが、その一方で若い妾の富子を本宅に迎え、その息子・弁太郎を跡取りとして可愛がっていた。
 そんな複雑な家庭環境の中、従業員たちも利権争いに加わり、風間家は少しずつ底知れぬ闇のなかに沈んでいく……。

 ううむ、これはまた何といっていいのやら。
  とにかく暗い。正義は本妻と純夫の側にあり、妾と弁太郎は悪である。この対立構造に沿って物語は進むのだが、先手を打つのは圧倒的に悪の側であり、正義の側はひたすら堪え忍ぶのみ。思わず花登筺の『どてらい男』とかを思い出したが、あちらの主人公はまだ負けん気が強かった分だけ救われたけれど、本作では本当に受身一方なので辛い。
 一応、犯罪は起こるが、それは人の心の闇を際立たせるためのものであって、とてもミステリという興味で読むものではない。ただ、その闇の描写がやりすぎと思えるぐらい徹底しており、――特に終盤の弁太郎の転落ぶりは凄まじい――怖いもの見たさというか、先を読まずにはいられない変な魅力があることも確かだ。


 続いて「卍の塔」 。
 主人公は新婚まもない勝野策郎と佐夜子。二人は幸せの絶頂にあったが、あるとき策郎は神戸出張に出かけたまま行方不明となってしまう。実は策郎は不審な車に襲われ、一時的に記憶喪失となって、見ず知らずの家の世話になっていたのだ。
そんなこととは露知らぬ佐夜子。最初は夫を探そうとするが、彼女を狙う男・香川の策略にはめられ、夫が女の元に走ったと信じ、とうとう香川と結ばれてしまう……。

 うわあ、こちらもなかなかクセのある物語だ。「魔の淵」同様、犯罪は描かれるものの、本質はサスペンスというよりメロドラマといったほうが適切だろう。
 主人公たちのすれ違いや誤解によって次から次へとドラマが展開していく様は、物語作りの手法として興味深い面もあるけれど、いかんせん人間関係を濃密に詰め込みすぎ。ご都合主義とは違うけれど、登場人物の言動が作者の思うところに流れすぎて、全体的には納得しがたい展開が多くて気になる。
 「魔の淵」より現代的だし、バランスはとれているが、深さという点で「魔の淵」に一歩譲るか。


 ラストは「第三の影」。本作は他の二作品よりやや短く、長編というよりはむしろ中編といったレベル。
 曽我八郎はある機械工具メーカーの工場次長。一見優男でまだ若い曽我だったが、実はレスリングをはじめとする格闘技の名手。そこを見込んで社長から特命を受けていた。
 それは工場の社宅街を牛耳っている愚連隊の一掃である。会社の一部ながら警察も手を出せないようになっている無法地帯があったのだ……。

 本書の中ではもっともミステリ的作品である。というか著者お得意の明朗小説に近い作品。
 冴え渡るチンピラとのアクションシーンや愚連隊の黒幕"大将"をめぐる謎など、要素のひとつひとつはそれほど悪くもなく、サクサク読めるところもよい。
 ただ「魔の淵」、「卍の塔」を読んだあとでは、どうしても物足りなさが残るのは否めない。


 ということで三橋一夫の三連発はなかなか濃厚な読書体験であった。特に「魔の淵」と「卍の塔」の登場人物たちの心理というか粘着ぶりはちょっと予想外で、三橋一夫の新たな面を知ることができたのは個人的には大きい。
 面白かったかと聞かれれば、まあまあというほかないのだが(苦笑)、三橋一夫のファンならやはりこれは押さえておくしかないでしょう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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