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E・C・R・ロラック『曲がり角の死体』(創元推理文庫)
E・C・R・ロラックの『曲がり角の死体』を読む。英国ミステリの黄金期を支えた女流作家の一人ロラックだが、日本ではながらく紹介が遅れていた作家であり、創元推理文庫からはこれが三冊目の刊行となる。
ちなみに初紹介は1957年に東京創元社から現代推理小説全集の第九巻として刊行された『ウィーンの殺人』。
だが、これが出来としてはいまひとつだったらしく、その後はすっかり忘れられ、再び紹介されるには1997年の国書刊行会『ジョン・ブラウンの死体』まで待つこととなる。その間なんと四十年。これはそれほど悪い作品ではなかったが、再評価というところまではいかなかったようで、次の紹介はさらに十年後の2007年、長崎出版『死のチェックメイト』。
そしてようやく創元推理文庫から年一冊ペースで出るようになったのが、その六年後の2013年である。
日本で人気が定着しない原因は、作風が地味なことや、コレという突出した作品がないことかと思われるが(あくまで想像でしかないが)、質は決して悪くない。だからこそ、これまでも様々な版元から紹介されてきたのだろうし、創元にはなんとか頑張って続けてほしいものである。

さて、本題の『曲がり角の死体』だが、まずはストーリー。
大雨の深夜、舞踏会会場から大急ぎでロンドンに帰ろうとする二人の若者。だがダイクス・コーナーと呼ばれる曲がり角で交通事故に巻き込まれる。大破した車の運転席で見つかったのは、著名なスーパーチェーンを経営する実業家。だが、検死の結果、死因は一酸化炭素中毒であることが判明する……。
本作はこれまで読んだ中ではもっとも起伏に富んだストーリーである。
地味だ地味だと言いながら、もともと導入は面白いことが多く、アイディア自体は悪くないのである。だが足での捜査が多いせいか一気にストーリーは単調となり、その真相も手堅すぎるというか、竜頭蛇尾とは言わないけれど面白さが持続しない嫌いは否定できない。
その点、本作は導入が悪くないところに加え、捜査と並行して田舎町のスーパー進出問題を絡めてなかなか読ませる。クライマックスではこれまでにないほど派手な展開を見せ、最後まで飽きることはなかった。まあ、真相が正直それほどではないところはいつもどおりなのだが。
で、こんな感想を書いていてふと思ったのだが、これまでロラックが紹介されるとき、常に本格やパズラーという表現がされているが(本書の帯にも書かれている)、それがそもそも少し違うのではないかという気がしてきた。
もちろん作品を構成する要素は間違いなく本格の体である。ただ、論理やトリックに対する興味がそれほどメインではなく、むしろ最大の魅力は登場人物の造形やそのやりとりにある。ロラックは量産型の作家だし、当時のベストセラー作家でもある。これはもしかすると日本における赤川次郎とか山村美紗とか、そういう立ち位置の人ではなかったのかと思うのである。
そういう意識で読むと、ロラックの作品がまた違って見えるかもしれない。これは今後の課題にしておこう。
ちなみに初紹介は1957年に東京創元社から現代推理小説全集の第九巻として刊行された『ウィーンの殺人』。
だが、これが出来としてはいまひとつだったらしく、その後はすっかり忘れられ、再び紹介されるには1997年の国書刊行会『ジョン・ブラウンの死体』まで待つこととなる。その間なんと四十年。これはそれほど悪い作品ではなかったが、再評価というところまではいかなかったようで、次の紹介はさらに十年後の2007年、長崎出版『死のチェックメイト』。
そしてようやく創元推理文庫から年一冊ペースで出るようになったのが、その六年後の2013年である。
日本で人気が定着しない原因は、作風が地味なことや、コレという突出した作品がないことかと思われるが(あくまで想像でしかないが)、質は決して悪くない。だからこそ、これまでも様々な版元から紹介されてきたのだろうし、創元にはなんとか頑張って続けてほしいものである。

さて、本題の『曲がり角の死体』だが、まずはストーリー。
大雨の深夜、舞踏会会場から大急ぎでロンドンに帰ろうとする二人の若者。だがダイクス・コーナーと呼ばれる曲がり角で交通事故に巻き込まれる。大破した車の運転席で見つかったのは、著名なスーパーチェーンを経営する実業家。だが、検死の結果、死因は一酸化炭素中毒であることが判明する……。
本作はこれまで読んだ中ではもっとも起伏に富んだストーリーである。
地味だ地味だと言いながら、もともと導入は面白いことが多く、アイディア自体は悪くないのである。だが足での捜査が多いせいか一気にストーリーは単調となり、その真相も手堅すぎるというか、竜頭蛇尾とは言わないけれど面白さが持続しない嫌いは否定できない。
その点、本作は導入が悪くないところに加え、捜査と並行して田舎町のスーパー進出問題を絡めてなかなか読ませる。クライマックスではこれまでにないほど派手な展開を見せ、最後まで飽きることはなかった。まあ、真相が正直それほどではないところはいつもどおりなのだが。
で、こんな感想を書いていてふと思ったのだが、これまでロラックが紹介されるとき、常に本格やパズラーという表現がされているが(本書の帯にも書かれている)、それがそもそも少し違うのではないかという気がしてきた。
もちろん作品を構成する要素は間違いなく本格の体である。ただ、論理やトリックに対する興味がそれほどメインではなく、むしろ最大の魅力は登場人物の造形やそのやりとりにある。ロラックは量産型の作家だし、当時のベストセラー作家でもある。これはもしかすると日本における赤川次郎とか山村美紗とか、そういう立ち位置の人ではなかったのかと思うのである。
そういう意識で読むと、ロラックの作品がまた違って見えるかもしれない。これは今後の課題にしておこう。
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Comments
Edit
一応全作目を通してはいるのですが、時間がたつと腰砕けという印象しかありません。赤川・山村だとすると図書館作家に格下げかな。
Posted at 09:58 on 01 17, 2016 by M・ケイゾー
M・ケイゾーさん
クラシックに関しては翻訳が続くだけでもよしとすべきなので、なかなか注文をつけにくいのが難しいところです。ただ、赤川、山村作品の魅力はもちろん別の形であるわけで、本格サイドからの評価だけでなく、バランス良い評価がされるべきですね。
版元の売り方も同様で、作品とマッチングする読者層はもしかすると別にいるのではないか、そういったところも見直すと、意外にブレイクしそうな気もします。
Posted at 12:12 on 01 17, 2016 by sugata