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石沢英太郎『カーラリー殺人事件』(講談社文庫)
先日読んだ石沢英太郎の短編集『視線』がなかなか良かったので、今度は長篇の代表作を読んでみる。著者の処女長篇でもある『カーラリー殺人事件』。
まずはストーリー。北海道は宗谷岬から九州は鹿児島の佐多岬までを走りつくす画期的な日本縦断カーラリーが開催された。出場者は総勢百組。自動車メーカーの宣伝目的に参加する者、引退した老夫婦、工場勤めに嫌気がさして仕事を辞めてきた兄弟、組合の闘志、果ては覆面捜査官といった様々なチームが参加する中、ひときわ異彩を放っていたのが、盲人ながら磨き抜かれた感覚と頭脳をもつ田浦二郎を擁するチームだった。
しかし、ラリーが始まって間もなく、二郎たちの乗る車を落石事故が襲う。間一髪で衝突は免れたが、二郎はこれが故意によるものではないかと疑問をもつ……。

おお、短編集も良かったが長編も悪くない。様々な読みどころを詰め込んだ盛り沢山の内容で、それを破綻することなく丁寧にまとめあげた佳作といえる。
読む前は、カーラリーという設定からしてかなり読者を選んでしまっているのではないかという危惧もあったのだが、その点は抜かりない。競技についての説明をきちんと作中に落とし込んで、門外漢にもちゃんと楽しめるようにしているのがよろしい。
ラリーとはそもそも公道で行われるレースのことを指し、そこがサーキットで行われるF1などとの大きな違いである。つまり普通の道で一般車両と同様の条件のもとでクルマを走らせて行うのである。また、タイムを競うことだけが目的ではなく、所要時間の正確性を競ったり、買い物レースやクイズを答えながら行うレースもあったりと、その種類も実に多様なのである。
本作ではそういうラリーの面白さがいかんなく描写され、クルマ好きでなくとも楽しめるわけだが、加えてミステリ部分の興味もしっかりしている。
かつてラリー中に交通事故を起こしてしまったドライバーがいた。なんと被害者は応援にきていたはずの彼の恋人だった。ただし恋人とはいっても実は人妻。要は不倫である。だが、不倫を察知した夫はあるトリックを使って、男の車が妻をはねてしまうように仕向けたのだ。事故のために職も恋人も失ったドライバーの男は、このラリーを復讐に利用しようとしているのである。
この復讐する側とされる側が果たして誰なのか、犯人捜しと被害者捜しが同時に展開するという展開が心憎い。
それだけではない。作者はここに競馬場売上金強奪事件というもうひとつの事件を絡ませる。ラリーの参加者のなかにその犯人が紛れ込んでいるというのだ。警察はラリー好きの刑事を選び、覆面警察官としてラリーに参加させ、捜査を進めてゆくが……。
こちらも犯人捜しと同時に奪われた現金の行方という興味が加わって、とにかくサービス満点である。
とまあ、本作のさわりを紹介するだけでもけっこうなボリュームなのだが、素晴らしいのはこれらの要素を破綻なくまとめる手際だろう。設定と構成が実に秀逸である。
カーレース自体の面白さに加え、それが事件とも非常に関連しており、リーダビリティはすこぶる高い。
褒めついでにもうひとつ書いておくと、登場人物のサイドストーリーも見逃せない。ラリーに参加するメンバーだけでなく、主催者側の人間模様も加わって、さながら群像劇の様相である。
正直、事件が起きなくても楽しめるぐらいなのだが、ここまで多岐に渡って描写するからこそ、事件の真相を追うのもより楽しめるのだろう。二つの事件の関係者が紛れ込んでいるわけなので、そういう目で登場人物を追っていくのも悪くない。
もちろん完全無欠な作品というわけではない。トリックが小粒だとか、後半はやや走りすぎな嫌いがあるとか、あるいはラリーのスポンサーの真意が結局よくわからないだとか、気になるところもちらほら。
だが、著者はトリックに執着するタイプではないだろうし、後半走っているといっても、相応のボリュームである。むしろページが異常に膨れるよりは、よくこの程度で抑えてくれたというほうが適切だろう。
ともかく『視線』と同様、本書もおすすめ。絶版ではあるがこちらも安く古書店で転がっているはずなので、気になる方はぜひどうぞ。
なお、本作の前半でクイーン『Yの悲劇』、チェスタトン「奇妙な足音」の壮絶なネタバレがあるので未読の方はご注意を。
まずはストーリー。北海道は宗谷岬から九州は鹿児島の佐多岬までを走りつくす画期的な日本縦断カーラリーが開催された。出場者は総勢百組。自動車メーカーの宣伝目的に参加する者、引退した老夫婦、工場勤めに嫌気がさして仕事を辞めてきた兄弟、組合の闘志、果ては覆面捜査官といった様々なチームが参加する中、ひときわ異彩を放っていたのが、盲人ながら磨き抜かれた感覚と頭脳をもつ田浦二郎を擁するチームだった。
しかし、ラリーが始まって間もなく、二郎たちの乗る車を落石事故が襲う。間一髪で衝突は免れたが、二郎はこれが故意によるものではないかと疑問をもつ……。

おお、短編集も良かったが長編も悪くない。様々な読みどころを詰め込んだ盛り沢山の内容で、それを破綻することなく丁寧にまとめあげた佳作といえる。
読む前は、カーラリーという設定からしてかなり読者を選んでしまっているのではないかという危惧もあったのだが、その点は抜かりない。競技についての説明をきちんと作中に落とし込んで、門外漢にもちゃんと楽しめるようにしているのがよろしい。
ラリーとはそもそも公道で行われるレースのことを指し、そこがサーキットで行われるF1などとの大きな違いである。つまり普通の道で一般車両と同様の条件のもとでクルマを走らせて行うのである。また、タイムを競うことだけが目的ではなく、所要時間の正確性を競ったり、買い物レースやクイズを答えながら行うレースもあったりと、その種類も実に多様なのである。
本作ではそういうラリーの面白さがいかんなく描写され、クルマ好きでなくとも楽しめるわけだが、加えてミステリ部分の興味もしっかりしている。
かつてラリー中に交通事故を起こしてしまったドライバーがいた。なんと被害者は応援にきていたはずの彼の恋人だった。ただし恋人とはいっても実は人妻。要は不倫である。だが、不倫を察知した夫はあるトリックを使って、男の車が妻をはねてしまうように仕向けたのだ。事故のために職も恋人も失ったドライバーの男は、このラリーを復讐に利用しようとしているのである。
この復讐する側とされる側が果たして誰なのか、犯人捜しと被害者捜しが同時に展開するという展開が心憎い。
それだけではない。作者はここに競馬場売上金強奪事件というもうひとつの事件を絡ませる。ラリーの参加者のなかにその犯人が紛れ込んでいるというのだ。警察はラリー好きの刑事を選び、覆面警察官としてラリーに参加させ、捜査を進めてゆくが……。
こちらも犯人捜しと同時に奪われた現金の行方という興味が加わって、とにかくサービス満点である。
とまあ、本作のさわりを紹介するだけでもけっこうなボリュームなのだが、素晴らしいのはこれらの要素を破綻なくまとめる手際だろう。設定と構成が実に秀逸である。
カーレース自体の面白さに加え、それが事件とも非常に関連しており、リーダビリティはすこぶる高い。
褒めついでにもうひとつ書いておくと、登場人物のサイドストーリーも見逃せない。ラリーに参加するメンバーだけでなく、主催者側の人間模様も加わって、さながら群像劇の様相である。
正直、事件が起きなくても楽しめるぐらいなのだが、ここまで多岐に渡って描写するからこそ、事件の真相を追うのもより楽しめるのだろう。二つの事件の関係者が紛れ込んでいるわけなので、そういう目で登場人物を追っていくのも悪くない。
もちろん完全無欠な作品というわけではない。トリックが小粒だとか、後半はやや走りすぎな嫌いがあるとか、あるいはラリーのスポンサーの真意が結局よくわからないだとか、気になるところもちらほら。
だが、著者はトリックに執着するタイプではないだろうし、後半走っているといっても、相応のボリュームである。むしろページが異常に膨れるよりは、よくこの程度で抑えてくれたというほうが適切だろう。
ともかく『視線』と同様、本書もおすすめ。絶版ではあるがこちらも安く古書店で転がっているはずなので、気になる方はぜひどうぞ。
なお、本作の前半でクイーン『Yの悲劇』、チェスタトン「奇妙な足音」の壮絶なネタバレがあるので未読の方はご注意を。
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Comments
Edit
植物・焼き物・映画など、あまり興味がない題名が多いのですが、読むと侮れない作家という印象です。
結構持っていました。処分しなかったんです。
「カーラリー殺人事件」 ミステリ的以外のほうが覚えていますね。
Posted at 20:44 on 03 04, 2016 by M・ケイゾー
M・ケイゾーさん
特に長編はひどい題名が多いですね。せっかくいい作品でもこういうところで損をしているように思います。
>結構持っていました。処分しなかったんです。
いいですね。私も若い頃ならリアルタイムで十分に買えたはずなんですが、いかんせんその頃は興味の対象外だったです。
Posted at 01:05 on 03 05, 2016 by sugata