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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


小泉喜美子『血の季節』(文春文庫)

 小泉喜美子の作風といえば、翻訳ミステリ風の洒落た都会派サスペンスというイメージがあるのだが、意外にトリッキーなものや幻想的な作品も少なくない。本日の読了本はそんな幻想系のほうの代表作『血の季節』。

 物語はある事件の容疑者の告白で幕を開ける。それは男の人生の回想でもあり、そもそもの始まりは昭和十二年、男がまだ小学三年生の頃であった。空想癖のあるその少年には親しい友人がいなかったが、あるときヨーロッパ某国の公使館に住む兄妹と知り合いになり……。
 時は変わって昭和五十年。早春の青山墓地で幼女の惨殺死体が発見される。捜査は難航するが、担当刑事はその惨たらしい手口に怒りを燃やし、事件解決を誓う。

 血の季節

 ドラキュラ伝説をモチーフにして、戦時と現代という二つの時代の出来事を交互に見せていくという構成である。現代に起こった事件の犯人がおそらく戦時パートの主人公なんだろうなというのは、まあ見え見えなのでネタばらしというほどでもないだろう。
 畢竟、物語の興味はその少年が成人した後、なぜ幼女を殺害するに至ったかに移っていく。
 読みどころはまさにその一点なのだが、”なぜ”といっても、それは動機云々という意味ではない。少年が精神を蝕まれていった、その過程こそが読みどころなのである。戦時という非日常、異国人との接触という非日常、何より西洋のドラキュラ伝説という非日常がじわじわと主人公を侵食していく、その心理をこちらも感じたいわけである。

 抑えた筆致が幻想的な内容にマッチして非常に効果を上げているが、特にドラキュラに関しての直接的な表現を避け、極力匂わす程度にとどめているところも巧い。それがラストのサプライズにも活かされているように感じる。
 ただ、サプライズといっても、本作は謎の解明という興味で引っ張る作品ではないので念のため。作者の創り上げた独自の世界にどっぷりと浸り、作者の語りに酔いしれる。『血の季節』はそんな作品なのである。『弁護側の証人』とはまた違った意味での傑作だろう。

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Comments

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ポール・ブリッツさん

おお、そういう読み方もできますね。時代を戦時にもってきたのも、そういうどうしようもない時代や社会への告発の意図があったのかもしれません。
ただ、個と社会は表裏一体であり、どちらの側に立つかでまったく様相が変わって見えるのも著者の意図かもしれません。
個が社会に虐げられているのか、個が社会を慄かせているのか。ぐるぐる回っているような気もします。

Posted at 00:36 on 05 19, 2016  by sugata

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読みました。面白かったです。

「少年が蝕まれていった」とありますが、それは逆ではないかと思います。作者の筆からすると、むしろ少年が自分を蝕もうとする「このどうしようもない戦中戦後の下劣な世界」の魔手から逃れ出た過程ではないかと。

「城」の中は理想郷であり、少年はそこへ入る切符を戦後三十年して手に入れたのではないかと思います。小泉喜美子氏にとっても、やれ社会派だハードボイルドだといっている現代社会に対しての「最後の砦」としてのイメージがあったのではないでしょうか。

だから冒頭には、「ひとつの事実」以外はすべて想像の産物だ、という宣言が書かれたのだと思います。作者にとっては想像力のみでこしらえた梁山泊みたいなものだったのでは。

そんなことを思いました。

Posted at 21:04 on 05 18, 2016  by ポール・ブリッツ

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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