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甲賀三郎『浮ぶ魔島 ― 甲賀三郎 少年探偵遊戯 ―』(盛林堂ミステリアス文庫)
西荻窪の古書店、盛林堂書房さんが創刊した自社ブランド「盛林堂ミステリアス文庫」がなかなか精力的である。もとよりミステリや幻想系の復刊ものが中心なので、管理人も度々お世話になることが多いのだが、本日もその中から一冊読んだので紹介してみることにする。
ものは『浮ぶ魔島 ― 甲賀三郎 少年探偵遊戯 ―』。乱歩や大下宇陀児らと並ぶ戦前の大御所探偵小説家のひとり、甲賀三郎の短編集だ。

「浮ぶ魔島(うかぶまのしま)」
「光る斑猫」
「天晴れ名探偵」
「探偵投手」
「見えない線」
「破れたゴム毬」
「刺青少年」
「姫野博士の行方」
収録作は以上。"少年探偵遊戯"と副題でも謳っているとおり少年向けの作品が中心だが、表題作の「浮ぶ魔島」のみ大人向けのSF小説というラインナップ。全体としてはSFあり本格ミステリあり冒険ものありと、なかなかバラエティに富んだものとなっている。
また、作品そのもののレベルについては正直それほど期待していなかったけれど、これが思っていたよりは全然愉しめる出来なのが嬉しい誤算だった。
だいたい戦前の少年向け探偵小説といえば、程度の差こそあれ大人顔負けの能力を備えた子供が大活躍する話ばかりなのだが、本書に収録された作品はそこまで荒唐無稽ではなく、意外なくらいに程良いスタンスで書かれている。まあ、それでも現代の基準からするとかなり破天荒ではあるけれど(笑)。
表題作「浮ぶ魔島」はそんな中にあってとびきり妄想が炸裂したような中篇。 二十馬力の巨人ロボット、猿から進化させた変成人間、音声変換のタイプライター、脳に直接届く声など、いろいろなアイディアが詰まったSF小説である。
もともと甲賀三郎は理系の人なので、科学的知識は豊富に持ち合わせており、その知識をもとに徹底的に膨らませたのが本作。マッド・サイエンティストが海底浮遊基地を作り、地球制服を企てるというのが主な骨子だが、実際のストーリーとしては人類との全面対決とかいうものではなく、そこに囚われの身となった新婚の科学者夫婦が基地から脱出する様を描いた冒険小説仕立となっている。 ちなみにタイトルからして海野十三を連想させ、中身もまるで海野が書いたかのような冒険SFものだが、実は海野よりも年代的にはこちらの方が早い。また、国威高揚的な内容でないのも要注目。時局などとは関係なく、SFを書きたいから書いたという姿勢がうかがえてよいのだ(実際はどうか知らんが)。
ともあれ、甲賀三郎がいちはやくこういうものに手を染めていたという事実が興味深い。やや雑なところもあるけれど、書かれた時期を考えると(昭和三年)、これは相当なものだ。
「光る斑猫」は比較的オーソドックスなスリラー。主人公の父親がもつ重要アイテム”光る斑猫”をめぐって悪党一味との争奪戦が描かれている。
”光る斑猫”の秘密や敵の正体がほとんど明らかにされないまま事件だけはどんどん転がるため、いまひとつ納得感に欠ける。加えて味方サイドの芯になるキャラクターがはっきりしないのもマイナスポイント。
「天晴れ名探偵」と「探偵投手」は似たようなお話で、どちらも友人や家族が仕掛けた嘘の犯罪を主人公が解き明かすという本格もの。ネタ自体は軽いものだけれど、どちらも真相にひと捻り加えているのが楽しい。
「見えない線」と「破れたゴム毬」は理系作家・甲賀三郎の知識を活かした理系トリックもの。「破れたゴム毬」のトリック説明が、化学の授業でも聞いているような詳しさで微笑ましい。
「刺青少年」と「姫野博士の行方」は冒険小説なのだが、物語のポイントとなるところにやはり理系ネタが仕込まれているのが特徴。
「姫野博士の行方」は本格探偵小説風の前半、秘境冒険ものの後半というスタイルも面白いのだが、それぞれにきちんと謎解き的な見せ場を作っていて楽しい。とりわけ後半、敵アジトが不思議な呪文によって堅く守られているのに対し、その秘密を解く部分と、それへの対応策のギャップが大きすぎて笑える。こういうところがあるから戦前の探偵小説は止められないのだ。
ものは『浮ぶ魔島 ― 甲賀三郎 少年探偵遊戯 ―』。乱歩や大下宇陀児らと並ぶ戦前の大御所探偵小説家のひとり、甲賀三郎の短編集だ。

「浮ぶ魔島(うかぶまのしま)」
「光る斑猫」
「天晴れ名探偵」
「探偵投手」
「見えない線」
「破れたゴム毬」
「刺青少年」
「姫野博士の行方」
収録作は以上。"少年探偵遊戯"と副題でも謳っているとおり少年向けの作品が中心だが、表題作の「浮ぶ魔島」のみ大人向けのSF小説というラインナップ。全体としてはSFあり本格ミステリあり冒険ものありと、なかなかバラエティに富んだものとなっている。
また、作品そのもののレベルについては正直それほど期待していなかったけれど、これが思っていたよりは全然愉しめる出来なのが嬉しい誤算だった。
だいたい戦前の少年向け探偵小説といえば、程度の差こそあれ大人顔負けの能力を備えた子供が大活躍する話ばかりなのだが、本書に収録された作品はそこまで荒唐無稽ではなく、意外なくらいに程良いスタンスで書かれている。まあ、それでも現代の基準からするとかなり破天荒ではあるけれど(笑)。
表題作「浮ぶ魔島」はそんな中にあってとびきり妄想が炸裂したような中篇。 二十馬力の巨人ロボット、猿から進化させた変成人間、音声変換のタイプライター、脳に直接届く声など、いろいろなアイディアが詰まったSF小説である。
もともと甲賀三郎は理系の人なので、科学的知識は豊富に持ち合わせており、その知識をもとに徹底的に膨らませたのが本作。マッド・サイエンティストが海底浮遊基地を作り、地球制服を企てるというのが主な骨子だが、実際のストーリーとしては人類との全面対決とかいうものではなく、そこに囚われの身となった新婚の科学者夫婦が基地から脱出する様を描いた冒険小説仕立となっている。 ちなみにタイトルからして海野十三を連想させ、中身もまるで海野が書いたかのような冒険SFものだが、実は海野よりも年代的にはこちらの方が早い。また、国威高揚的な内容でないのも要注目。時局などとは関係なく、SFを書きたいから書いたという姿勢がうかがえてよいのだ(実際はどうか知らんが)。
ともあれ、甲賀三郎がいちはやくこういうものに手を染めていたという事実が興味深い。やや雑なところもあるけれど、書かれた時期を考えると(昭和三年)、これは相当なものだ。
「光る斑猫」は比較的オーソドックスなスリラー。主人公の父親がもつ重要アイテム”光る斑猫”をめぐって悪党一味との争奪戦が描かれている。
”光る斑猫”の秘密や敵の正体がほとんど明らかにされないまま事件だけはどんどん転がるため、いまひとつ納得感に欠ける。加えて味方サイドの芯になるキャラクターがはっきりしないのもマイナスポイント。
「天晴れ名探偵」と「探偵投手」は似たようなお話で、どちらも友人や家族が仕掛けた嘘の犯罪を主人公が解き明かすという本格もの。ネタ自体は軽いものだけれど、どちらも真相にひと捻り加えているのが楽しい。
「見えない線」と「破れたゴム毬」は理系作家・甲賀三郎の知識を活かした理系トリックもの。「破れたゴム毬」のトリック説明が、化学の授業でも聞いているような詳しさで微笑ましい。
「刺青少年」と「姫野博士の行方」は冒険小説なのだが、物語のポイントとなるところにやはり理系ネタが仕込まれているのが特徴。
「姫野博士の行方」は本格探偵小説風の前半、秘境冒険ものの後半というスタイルも面白いのだが、それぞれにきちんと謎解き的な見せ場を作っていて楽しい。とりわけ後半、敵アジトが不思議な呪文によって堅く守られているのに対し、その秘密を解く部分と、それへの対応策のギャップが大きすぎて笑える。こういうところがあるから戦前の探偵小説は止められないのだ。
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