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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


松本清張『ゼロの焦点』(新潮文庫)

 松本清張の五作目の長編『ゼロの焦点』を読む。ン十年ぶりの再読となる。
 管理人は言うほど清張作品を読んできたわけではないが、そんな乏しい清張読書歴においても『ゼロの焦点』は別格。ミステリとしては『点と線』に軍配を上げたいが、単に好きな作品であれば、間違いなく『ゼロの焦点』である。
 まあ、管理人がわざわざプッシュしなくても、本作は過去、幾度も映画化やテレビ化された清張の代表作であり、清張自身もお気に入りの作品として知られている。

 さて、ストーリー。
 広告代理店に勤める鵜原憲一と見合い結婚をした板根禎子。憲一は石川県金沢市の北陸出張所に所属していたが、結婚を機に東京本社へ戻ることも決まり、仕事の引き継ぎのため、金沢へと出発した。しかし、予定を過ぎてもなぜか憲一は戻ってこない。
 やがて憲一の勤め先から、彼が北陸で行方不明になったという連絡が入る。彼女は兄夫婦や憲一の勤め先とも相談し、金沢へ向かうことにした。金沢で憲一の後任となった本多とともに、憲一の足取りを追う禎子だったが、やがてこれまで知らなかった夫の過去に直面することになる……。

 ゼロの焦点

 いやあ、上でも書いたとおり久々の再読なのだが、やはり『ゼロの焦点』はいい。
 本作の魅力は著者のメッセージ=テーマがストーリーとしてきっちり昇華されている点にある。主人公の禎子が失踪した夫の足取りを追う過程で、夫の隠された過去を知り、そこから戦後日本の抱える闇、その闇に囚われている人々の悲劇に触れていく。このストーリーラインが見事で、徐々に浮かび上がってくる真実が何とも切ない。
 犯人が分かりやすいとか、推理小説としては雑に済ませているという欠点もあるけれど(これは清張の悪い癖)、それを補って余りある豊かなドラマが素晴らしいのである。
 また、雑とは言ってもそれは本格ミステリの観点からであって、本作のスタイルはいわゆる巻き込まれ型のサスペンスに近く、そこまでケチをつけるのは野暮というもの。むしろ禎子の協力者が次々と死んでゆく展開など、読者をグイグ引っ張っていく力は大したものだ。

 主人公・禎子の設定もなかなか考えられている。
 失踪した夫を探す役どころながら、彼女にはそこまで悲劇のヒロインというイメージがない。ある程度金銭的には恵まれた生活をしているようだし、人妻ながら今なお無垢なイメージ、しかも今回の事件でも悲嘆にくれるというより、あくまで理性的、理知的に対処する様が描かれている。もちろん夫を探すヒロインの不安な心理は克明に描かれてはいるものの、事件に対しては意外なほど客観的に見つめているのが特徴的なのだ。
 これはおそらく本作の真の主人公が禎子ではないからである。
 極端なことを言えば、彼女は被害者の一人というより、ワトソンとホームズを兼ね備えた人物であり、狂言回しなのだ。真の主人公を明らかにし、際立たせるための役目として、禎子は成り立っているのである。ここに清張の巧さがある。

 なお、本作を気に入っている個人的な理由もあって、それは管理人にとってのご当地ミステリであるということ。舞台に出てくる石川県各所や東京の立川市など、ことごとく馴染みのあるところばかりで、”地元あるある”という楽しみができるのである。
 清張がしっかり取材して書いていることがうかがえ、そんなことを確認できたのも再読の収穫と言えるかもしれない。

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Comments

Edit

涼さん

コメントありがとうございます。清張の長編もほぼ年代順にやっつけてやろうと思っているのですが、そんな作家が多すぎて、結局、前回の『小説帝銀事件』から間が空いてしまいました(苦笑)。
このあたりまでは再読が多かったのですが、1960年代に入ると未読が多くなってくるので、個人的にはここからが本番ですし、楽しみなところです。

Posted at 11:54 on 06 12, 2016  by sugata

Edit

全部 うなずけます

やはり、いいですねぇ。

素敵なレビューを、ありがとうございます。

Posted at 09:29 on 06 12, 2016  by

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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