- Date: Sun 10 07 2016
- Category: 国内作家 多岐川恭
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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多岐川恭『濡れた心』(講談社文庫)
多岐川恭のデビュー長編『氷柱』が思いのほか良かったので、お次は第四回江戸川乱歩賞を受賞した第二長編の『濡れた心』を読んでみる。
こんな話。感受性に富んだ文学少女・御厨典子とスポーツが得意な南方寿利は同じ女子高に通う同級生。どちらも美貌の持ち主だが、神秘的でコケティッシュな雰囲気の典子、大柄で健康的な寿利と、タイプはそれぞれ異なるがそれ故か二人はいつしか惹かれあい、友情を越え、同性愛へと発展する。
だが、独特の魅力をもつ典子には元から親友の小村トシ、その魅力に興味を抱く英語教師・野末、典子が幼い頃から心を寄せている自称許婚の楯らがおり、愛憎入り混じった人間関係が生まれていた。
そして典子がある関係を断ち切ろうとしたとき、悲劇の幕は切って落とされた……。

ふうむ、これもいいぞ。乱歩賞を取っているから、そこそこ良い作品だろうとは思っていたが、『氷柱』同様、なかなか一言では表し難い魅力がある。
まず注目すべきはそのテーマ。女子高生同士の同性愛というのは、今だったらそれほどの驚きもないけれど、1950年代後半でこれを題材にするのはけっこうな冒険だ。著者はそれを興味本位とかではなく、きちんと青春小説としても読めるぐらい掘り下げ、彼女たちの苦悩や喜びを丁寧に綴っていく。
そしてその手段として用いられたのが、全編、日記と手記で構成されたスタイル。特に前半は典子と寿利の日記が交互に記され、二人の心情や交流が密に描かれる。
ただ、序盤こそ二人の物語に見えるけれども、実は主役はあくまで典子であり、次第に典子を中心にした様々な愛憎劇を展開してゆく。同級生同士の同性愛はその中のひとつの枝に過ぎず、上でも紹介した典子の親友や英語教師、自称許婚、さらには二人の家族までも枝葉となり、典子とのドラマを形成してゆく。
その様子が典子と寿利の日記から少しずつ判明するのだが、中盤から二人以外の日記も入ってくることでドラマとしては一気に加速するし、ミステリとしても明らかに叙述ネタを意識する構成となるため、あとはもう一気である。
ただ、乱歩賞作品としてはちょっと粗さも目立つのが残念。
ひとつは日記形式の割には「」での会話文を多用していること。もうひとつは銃の扱いに関する部分。前者はそこまで目くじら立てることもないのだが、問題は後者だ。中身を書いてしまうとネタバレにつながる可能性もあるので詳細は省くが、ちょっとひどいレベル。これらが時代ゆえ本当にその程度だったのなら著者に罪はないのだが……。
という弱点も踏まえつつ、それでもトータルでは押さえておきたい一冊。
それもこれも結局は小説としての満足度が高いからである。女子高生の同性愛などといえばエロ小説やら美少女小説、ラノベみたいなアプローチしかないようにも思えるが、きちんとそういう多感な年頃の女性心理を描き、それをミステリに融合させる試みはさすがの一言。
ミステリとして弱い面はあるので『氷柱』よりは落ちるけれども、多岐川恭、ますますよろしい。
こんな話。感受性に富んだ文学少女・御厨典子とスポーツが得意な南方寿利は同じ女子高に通う同級生。どちらも美貌の持ち主だが、神秘的でコケティッシュな雰囲気の典子、大柄で健康的な寿利と、タイプはそれぞれ異なるがそれ故か二人はいつしか惹かれあい、友情を越え、同性愛へと発展する。
だが、独特の魅力をもつ典子には元から親友の小村トシ、その魅力に興味を抱く英語教師・野末、典子が幼い頃から心を寄せている自称許婚の楯らがおり、愛憎入り混じった人間関係が生まれていた。
そして典子がある関係を断ち切ろうとしたとき、悲劇の幕は切って落とされた……。

ふうむ、これもいいぞ。乱歩賞を取っているから、そこそこ良い作品だろうとは思っていたが、『氷柱』同様、なかなか一言では表し難い魅力がある。
まず注目すべきはそのテーマ。女子高生同士の同性愛というのは、今だったらそれほどの驚きもないけれど、1950年代後半でこれを題材にするのはけっこうな冒険だ。著者はそれを興味本位とかではなく、きちんと青春小説としても読めるぐらい掘り下げ、彼女たちの苦悩や喜びを丁寧に綴っていく。
そしてその手段として用いられたのが、全編、日記と手記で構成されたスタイル。特に前半は典子と寿利の日記が交互に記され、二人の心情や交流が密に描かれる。
ただ、序盤こそ二人の物語に見えるけれども、実は主役はあくまで典子であり、次第に典子を中心にした様々な愛憎劇を展開してゆく。同級生同士の同性愛はその中のひとつの枝に過ぎず、上でも紹介した典子の親友や英語教師、自称許婚、さらには二人の家族までも枝葉となり、典子とのドラマを形成してゆく。
その様子が典子と寿利の日記から少しずつ判明するのだが、中盤から二人以外の日記も入ってくることでドラマとしては一気に加速するし、ミステリとしても明らかに叙述ネタを意識する構成となるため、あとはもう一気である。
ただ、乱歩賞作品としてはちょっと粗さも目立つのが残念。
ひとつは日記形式の割には「」での会話文を多用していること。もうひとつは銃の扱いに関する部分。前者はそこまで目くじら立てることもないのだが、問題は後者だ。中身を書いてしまうとネタバレにつながる可能性もあるので詳細は省くが、ちょっとひどいレベル。これらが時代ゆえ本当にその程度だったのなら著者に罪はないのだが……。
という弱点も踏まえつつ、それでもトータルでは押さえておきたい一冊。
それもこれも結局は小説としての満足度が高いからである。女子高生の同性愛などといえばエロ小説やら美少女小説、ラノベみたいなアプローチしかないようにも思えるが、きちんとそういう多感な年頃の女性心理を描き、それをミステリに融合させる試みはさすがの一言。
ミステリとして弱い面はあるので『氷柱』よりは落ちるけれども、多岐川恭、ますますよろしい。
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