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江戸川乱歩『明智小五郎事件簿 II 「一寸法師」「何者」』(集英社文庫)
江戸川乱歩が生んだ名探偵・明智小五郎の活躍を物語の発生順に並べたシリーズの第二巻『明智小五郎事件簿 II 「一寸法師」「何者」 』を読む。

「D坂の殺人事件」で明智小五郎を颯爽とデビューさせた江戸川乱歩は、以後1925年から1926年にかけて矢継ぎ早に傑作を発表している。「心理試験」 「黒手組」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「火星の運河」『パノラマ島奇談』などなど、もう枚挙にいとまがないほどだが、トリックやアイディ アに優れた本格もの以上に目立ったのが、エログロや猟奇、残虐趣味を押し出した変格ものだった。
これらの要素をストーリーの面白さに組み込んで昇華させたものが、後の『蜘蛛男』をはじめとした通俗長篇につながるのだが、そんな通俗長篇の先駆け的な作品が本書に収録されている中篇 「一寸法師」だろう。
こんな話。小林紋三はある夜、浅草公園で子供のような背丈の男が風呂敷包みから人間の腕を落としたところを目撃する。小林が思わず男の後を追跡すると、男は養源寺という寺に入っていった。
翌朝、昨夜のことが気になった小林は養源寺を訪ねるが、寺の住職はそんな男に見覚えはないという。その帰り道、小林は実業家・山野大五郎の夫人・百合枝に出会う。彼女は娘の三千子が行方不明になったため、小林の友人でもある探偵の明智小五郎を紹介してほしいと頼み込む。
うむむ、久々に読んだが、やはり強烈だ。
今となっては差別表現のオンパレードだが、そこに乱歩の問題意識などはない。あえて人間のダークな部分をかざしてみせるとか、そんな感じでもない。自分の嗜好をストレートに押し出し、単に怪奇的な雰囲気を盛り上げるためだけの材料として使っている。だからこそ凄い。
もちろん当時は乱歩に限らず、世間全体の差別問題に対する意識は相当低いし、むしろ奇形の見せ物小屋など、皆が普通に愉しんだことは理解しておくべきだろう。実際、本作もこの内容ながら朝日新聞に連載され、しかも読者には非常に好評だったという。
今、読んでみても、そういったエログロ猟奇趣味の面白さは確かにあって、人には表立っていえない秘密の愉悦といったところだろう。
また、明智の存在も面白い。一巻に収録されている作品ではまだ何となく浮世離れしたというか胡散臭さのある印象が強かったが、本作ではそういう味を残しつつも、既に名探偵然とした立ち振る舞いも多く見られる。
この猟奇的な事件に恐れや怒りを特別見せることもなく、むしろ論理を前面に打ち出して飄々と謎解きするところなどは、まさに絵に描いたような古典的名探偵の姿である。この事件と明智の空気感の違いが絶妙で、結果的にいい味を出している。
ちなみに乱歩自身はこの作品があまりに通俗的で、探偵小説として恥ずかしく出来であると思い、以後しばらくの間、休筆することになる。
まあ探偵小説としてはぐだぐだなところもあるのだけれど、大衆の求めるところを的確につかんでいたことは間違いないし、猟奇要素を省くとプロットなどは意外にしっかりしており、そこまで卑下するものではないだろう。むしろ猟奇趣味と本格趣味が程よくミックスされており、明智の存在がその接着剤の役目を果たしているようにも思える。
もうひとつの収録作「何者」は、乱歩がその休筆期間を経て、『陰獣』で華々しく復活した後に発表された短編。こちらは打って変わって、猟奇趣味を排した真っ当な本格探偵小説である。
すでに『蜘蛛男』の連載も始まり、本格的に通俗長篇にシフトし始めた頃に書かれているのだが、こういう両極端な作品を同時進行しているのは面白い。乱歩自身もこちらは気に入っていたようだが、実際、かなりのハイレベルな作品で、明智と犯人の対決というお馴染みの構図も鮮やか。
なお、このあたり解説で法月綸太郎氏が上手いことを書いているので、興味ある方はぜひどうぞ。また、平山雄一氏の「明智小五郎年代記」も痒いところに手が届く解説ぶりで、物語の時代特定だけでなく、時代背景を理解する上でも大変重宝する。解説含めておすすめのシリーズである。

「D坂の殺人事件」で明智小五郎を颯爽とデビューさせた江戸川乱歩は、以後1925年から1926年にかけて矢継ぎ早に傑作を発表している。「心理試験」 「黒手組」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「火星の運河」『パノラマ島奇談』などなど、もう枚挙にいとまがないほどだが、トリックやアイディ アに優れた本格もの以上に目立ったのが、エログロや猟奇、残虐趣味を押し出した変格ものだった。
これらの要素をストーリーの面白さに組み込んで昇華させたものが、後の『蜘蛛男』をはじめとした通俗長篇につながるのだが、そんな通俗長篇の先駆け的な作品が本書に収録されている中篇 「一寸法師」だろう。
こんな話。小林紋三はある夜、浅草公園で子供のような背丈の男が風呂敷包みから人間の腕を落としたところを目撃する。小林が思わず男の後を追跡すると、男は養源寺という寺に入っていった。
翌朝、昨夜のことが気になった小林は養源寺を訪ねるが、寺の住職はそんな男に見覚えはないという。その帰り道、小林は実業家・山野大五郎の夫人・百合枝に出会う。彼女は娘の三千子が行方不明になったため、小林の友人でもある探偵の明智小五郎を紹介してほしいと頼み込む。
うむむ、久々に読んだが、やはり強烈だ。
今となっては差別表現のオンパレードだが、そこに乱歩の問題意識などはない。あえて人間のダークな部分をかざしてみせるとか、そんな感じでもない。自分の嗜好をストレートに押し出し、単に怪奇的な雰囲気を盛り上げるためだけの材料として使っている。だからこそ凄い。
もちろん当時は乱歩に限らず、世間全体の差別問題に対する意識は相当低いし、むしろ奇形の見せ物小屋など、皆が普通に愉しんだことは理解しておくべきだろう。実際、本作もこの内容ながら朝日新聞に連載され、しかも読者には非常に好評だったという。
今、読んでみても、そういったエログロ猟奇趣味の面白さは確かにあって、人には表立っていえない秘密の愉悦といったところだろう。
また、明智の存在も面白い。一巻に収録されている作品ではまだ何となく浮世離れしたというか胡散臭さのある印象が強かったが、本作ではそういう味を残しつつも、既に名探偵然とした立ち振る舞いも多く見られる。
この猟奇的な事件に恐れや怒りを特別見せることもなく、むしろ論理を前面に打ち出して飄々と謎解きするところなどは、まさに絵に描いたような古典的名探偵の姿である。この事件と明智の空気感の違いが絶妙で、結果的にいい味を出している。
ちなみに乱歩自身はこの作品があまりに通俗的で、探偵小説として恥ずかしく出来であると思い、以後しばらくの間、休筆することになる。
まあ探偵小説としてはぐだぐだなところもあるのだけれど、大衆の求めるところを的確につかんでいたことは間違いないし、猟奇要素を省くとプロットなどは意外にしっかりしており、そこまで卑下するものではないだろう。むしろ猟奇趣味と本格趣味が程よくミックスされており、明智の存在がその接着剤の役目を果たしているようにも思える。
もうひとつの収録作「何者」は、乱歩がその休筆期間を経て、『陰獣』で華々しく復活した後に発表された短編。こちらは打って変わって、猟奇趣味を排した真っ当な本格探偵小説である。
すでに『蜘蛛男』の連載も始まり、本格的に通俗長篇にシフトし始めた頃に書かれているのだが、こういう両極端な作品を同時進行しているのは面白い。乱歩自身もこちらは気に入っていたようだが、実際、かなりのハイレベルな作品で、明智と犯人の対決というお馴染みの構図も鮮やか。
なお、このあたり解説で法月綸太郎氏が上手いことを書いているので、興味ある方はぜひどうぞ。また、平山雄一氏の「明智小五郎年代記」も痒いところに手が届く解説ぶりで、物語の時代特定だけでなく、時代背景を理解する上でも大変重宝する。解説含めておすすめのシリーズである。
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ひらやまさん
これから長編が続くのでしょうが、どういう順番になるのか楽しみですね。全十二巻ということですから長編が二作収録される巻もあるのでしょうか。
Posted at 22:32 on 08 03, 2016 by sugata