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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


森下雨村『白骨の処女』(河出文庫)

 今年の六月に河出文庫から刊行された森下雨村の『白骨の処女』を読む。
 雨村といえば、かの「新青年」編集長として探偵小説の黎明期を支え、日本の探偵小説を語るうえでは欠かすことのできない人物。だが編集長を辞してから本格的に始めた創作については、残念ながらそれほど知られていない。
 それでもこの二十年ほどの間に、春陽文庫『青斑猫』、論創社『森下雨村探偵小説選』が刊行され、また、エッセイ集の小学館文庫『猿猴 川に死す』、『釣りは天国』が出ているので、まあ当時の探偵小説作家の中ではいいほうだろう。

 そこへ突然刊行された『白骨の処女』。なんと長編、しかも論創や創元といった専門系ではなく、河出文庫という、ごく一般的なレーベルからという不思議。
 まあ、河出文庫は近年、久生十蘭や日影丈吉なども出しているし、そのラインという気もしないではないいけれど、失礼ながら森下雨村の知名度は、久生十蘭や日影丈吉に比べるべくもない。どういうフックがあって雨村刊行に至ったのか、商売柄そこが気になる(苦笑)。
 などと思っていたら、今月はなんと『消えたダイヤ』も出るそうで。いったい河出文庫で何が起こっているのか。まあ、方向性自体はもちろん大歓迎なので、このまま突っ走っていってもらいたいものだが。

 白骨の処女

 さて、『白骨の処女』である。まずはストーリー。
 神宮外苑に放置された盗難車から、青年・春木俊二の変死体が発見された。発見者は東京毎朝新聞の記者、神尾龍太郎。だが捜査の結果、不審な点は見当たらず、心臓麻痺で死亡したという見方が大勢を占めていた。
 そんなとき、神尾のもとへ春木の婚約者だという山津瑛子が訪れる。彼女は婚約者の死について、単なる病死ではないのではないかという危惧を抱いていたが、肝心の話をする前に会見は終了してしまう。
 ところがしばらくして、瑛子までもが大量の血痕を残し、謎の失踪を遂げた。春木の親友だったN新聞社の客員にして春木の親友だった永田敬二は独自に調査を開始するが……。

 いやあ、悪くない。アリバイものという前情報はあったのだけれど、本格というよりはサスペンス性が強く、しかも展開がスピーディー。
 良質のサスペンスによく見られるが、ひとつの事件によって様相が変わり、そこからさらなる興味を引っ張っていくという趣向。下手な作家がやればグダグダになるところを森下雨村は芯を外さず、きちんと進めているあたりは好感度大。終盤のもたつきがやや気になるが、いや、これだけやってくれれば十分だろう。

 ちなみに原本は1932年の刊行。当時の都会のモボ・モガの風俗描写がふんだんに取り入れられており、普通ならそれが古臭さを感じさせるところなのに、かえって垢抜けている印象を受けるのは面白い。乱歩の新刊も相次いでいる今だったら、若い人にも抵抗なく読んでもらえそうな気がする。

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Comments

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小窓さん

実に嬉しいお言葉をありがとうございます。
まあ、こんなブログをやっているぐらいなので、管理人も十分なオタクorマニアだとは思うのですが(苦笑)、だからこそ独りよがりにはならないよう、わかりやすく書くようには注意しています。あらすじを必ずつけたり、ブログで初めてとりあげるときにはなるべく作家紹介を書くのもそんな気持ちからです。
どうぞ今後ともよろしくお願いします。

Posted at 01:15 on 03 07, 2017  by sugata

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はじめまして。
戦前の探偵小説についていろいろネットを見ていたらこちらへたどりつきました。
以来ときどき管理人様の文章を楽しませてもらってます。

ミステリの祭典という書評投稿サイトに、森下雨村が翻訳しているからかやたらフレッチャーやクロフツを結びつけたいらしいいかにも『自分は年季の入ったマニアだ』みたいな、
その筋の人が書いたとおぼしき書評もみかけましたが、こちらの管理人様のひねくれていない自然体な紹介文のほうがより読みたくなる気分を起こさせてくれました。

森下雨村だけでなく大下宇陀児や次にでるらしい甲賀三郎とか、今後の河出文庫の紹介も楽しみにしていますね。

Posted at 21:39 on 03 06, 2017  by 小窓

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くさのまさん

論考ありがとうございます。自分はこの時代の警察云々はあまり気にならなくて、きっちりした本格以外はファンタジーぐらいのつもりで読んでいるので、個人的には満足しています。
そもそも雨村の小説はエンターテインメントに徹していることが顕著というか、おそらく探偵小説の普及のためにとにかく目の前の面白さを全面に打ち出した気配が濃厚なので、あまり深いところを突っついてもかわいそうかなという気がします。

Posted at 01:12 on 11 18, 2016  by sugata

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読みました。

 『青班猫』と互角の佳作かと思いますが、自分の好みから言うと『青班猫』を高く買います。
 理由は警察が馬鹿過ぎること。これが嫌いなのです。探偵役&そのサブキャラを活かす為に、大事な証拠を持たせてしまう辺りはまだ我慢出来ますが、最終盤で明かされるディーヴァーもびっくりの(笑)事実、それってつまり警察は○の○○すら調べていないっていうこと? これはあんまりです。
 アリバイに関しては、自分もそれほど(『船富家の惨劇』ほど)前面に押し出されている印象は受けませんでした。探偵役のキャラクターもそうでしたが、森下雨村自身も散文的というか、淡々としたところがあるのかなぁと。『青班猫』では特にそういう印象は持たなかったので、論創社(二冊目確定万歳!)や『消えたダイヤ』を読む時に意識してみます。
 だからかもしれませんが、前述の大逆転によって明かされる運命の皮肉、ここを押し出して書いていたら、傑作として後世に名を残した可能性もあったのでは。そして、実は本作が横溝正史の『○○の○○○』に影響を与えたのかもとか、勝手な妄想をするのでした(笑)。長文申し訳ありません。

Posted at 00:42 on 11 18, 2016  by くさのま

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涼さん

今の探偵小説とは比べるべくもありませんが、小気味良い展開や当時の雰囲気など、本作ならではの読みどころも多くて好きな作品です。
まあ、クラシックの探偵小説についてはどうしても甘い評価になりがちなので、もしお気に召さなかったらすいません。楽しんでいただけるよう願っております。

Posted at 01:20 on 11 05, 2016  by sugata

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くさのまさん

単なる森下雨村推し程度では、わずか半年程度に二冊も企画が通るとは思えません。もしかすると河出の水面下では、人々を恐怖のどん底に陥れる、何やら恐ろしい陰謀が密かに進行しているのかもしれません。
それはともかく、本作、予想以上に楽しめました。当時の探偵小説のなかにあって、雨村の作品のリーダビリティは相当高い気がします。

Posted at 01:20 on 11 05, 2016  by sugata

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読みます

お、Kindle版もありました。勿論、「ポチッ」です。

Posted at 14:11 on 11 04, 2016  by

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もうすぐ読みます(たぶん)。

 知り合いの方が読んで面白かったと言っていたので、あまり積ん読にせずに読まなければと思っておりました。
 恐らくは河出に、森下雨村推しの方がいらっしゃるかと思われますが(あるいは解説をされた山前さんか)、こうポンポン出ると、論創社がツイートしていた森下雨村の第二段が本当に出るのかが心配です(どっちもガンガン出して頂きたいところ)。

Posted at 00:50 on 11 04, 2016  by くさのま

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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