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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


河野典生『殺意という名の家畜』(角川文庫)

 ちょいと懐かしいところで河野典生の『殺意という名の家畜』を読む。
 著者は日本ハードボイルドの草創期に活躍した作家で、大藪春彦、高城高と並んで日本のハードボイルド三羽烏と称されることもある。
 ただし、いま現在の知名度においてはかなり開きが出てしまっているようだ。角川映画をきっかけに大ブレイクした大藪春彦、ここ十年ほどで再評価が進み、復刊や新作が相次いだ高城高と違い、ほぼ忘れられた作家になりつつある河野典生。数年前に亡くなったときが、最後のニュースとなったのではないだろうか。

 『殺意という名の家畜』は日本推理作家協会賞に輝いた作品で、著者の代表作のひとつといってよいだろう。
 こんな話。

 若くして犯罪小説家としてデビューした岡田晨一。そんな彼のもとへ、昔、一度だけ関係をもった星村美智から深夜に電話があった。今すぐに会ってほしいという彼女の頼みだったが、仕事の疲れから岡田は明日にしてくれとそれを断ってしまう。次の日の朝、彼女は郵便受けにはメモを一枚残し、そのまま失踪した。
 その翌日。星村美智の婚約者だというテレビ局のディレクター・永津が岡田のもとを訪ねてきた。事情を聞くうち、何とはなしに興味を持つ岡田。そして永津の頼みをきき、彼女の行方を捜し始めるのだが……。

 殺意という名の家畜

 おお、正統派ハードボイルドである。しかもなかなかのレベル。ハードボイルド三羽烏のうち河野典生だけが忘れられた存在になりつつあるが、その理由は作品のせいでは決してないだろう。

 失踪者の捜索。それも自分がかつて一度だけ関係をもった女性の捜索という導入が、まずそれっぽくていい感じだ。
 そもそも主人公には彼女を捜す義理や関係性はほとんどない。しかし、いくつかの断片的な記憶や事実が心に小骨となって引っかかり、それが主人公を突き動かしてゆく。
 実はこういうディテールがハードボイルドでは重要で、あからさまに主人公の心情を描くのではなく、そういう簡潔な描写の積み重ねによってイメージを読者に伝えるのが作者の腕の見せどころなのである。本作の場合、なぜ主人公が調査に乗り出すのか、その心情が静かに伝わってきて、そういう意味で河野典生はハードボイルドの本質をきちんと掴んでいる。
 ただ、基本的には巧い文章だとは思うのだが、ところどころ走りすぎというか、わかりにくい描写も見られるのがやや気にはなった。

 ストーリーはそれほど派手ではなく、事件のスケールもまずまずといったところなので、昨今の読者にはやや地味に思われるところはあるだろう。加えて、地道な調査によって少しずつヒロイン星村の素性が明らかになるところ、事件の背後にあるものが徐々に浮かび上がる構図も、非常にオーソドックスだ。
 しかしながら、この時代にあって、既にここまで完成されたハードボイルドをものにしていることが素晴らしいのであって、むしろこれは賞賛すべきだろう。
 一応はサプライズも用意されているし、トータルでは意外なほどそつのない作品に仕上がっている印象である。ハードボイルドファンなら一度は読んでおいて損はない。

 なお、著者はハードボイルドでスタートしたものの、実は途中でスランプに陥り、復帰以後はSFや幻想小説に手を染めるようになった。こちらのジャンルの代表作もそのうちに読んでみたい。

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Comments

Edit

よしだまさしさん

おお、オススメありがとうございます。『街の博物誌』と『緑の時代』は持っているので次の読書候補、『明日こそ鳥は羽ばたく』は未所持なので、これは探求本リスト入りですね。

それにしても、まさかよしださんがハードボイルド系ではなくファンタジー系の方だけを読んでいるとは意外でした(笑)。

Posted at 23:45 on 02 08, 2017  by sugata

Edit

河野典生、ファンタジーやSF系列の『街の博物誌』『緑の時代』、ジャズを題材にした『明日こそ鳥は羽ばたく』といったあたりが個人的なオススメです。
とはいえ、実はハードボイルド系列の作品はぜんぜん読んでいないので、いずれ読まないといけませんね。本は持っているはずなんで(笑)

Posted at 12:48 on 02 08, 2017  by よしだ まさし

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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