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吉屋信子『鬼火・底のぬけた柄杓』(講談社文芸文庫)
ちくま文庫の「文豪怪談傑作選」は“文豪”と謳われているとおり、その陣容は大御所クラスばかりである。なので、さすがに初めて読む作家はほとんどいないのだけれど、吉屋信子は例外の一人。
隣り合わせにある日常と異界の境界線の描き方が巧みで、さすがに少女小説や家庭小説はそこまで食指も動かないが、怪奇・幻想小説系統のものならもっと読んでみたいと手に取ったのが、本日の読了本『鬼火・底のぬけた柄杓』である。

I
「童貞女(びるぜん)昇天」
「鶴」
「鬼火」
「茶盌(ちゃわん)」
「嫗(おうな)の幻想」
「もう一人の私」
「宴会」
II
「墨堤に消ゆ」(富田木歩)
「底のぬけた柄杓」(尾崎放哉)
「岡崎えん女の一生」(岡崎えん)
収録作は以上。大きく二部に分かれているが、Iがお目当の怪奇・幻想小説系、IIが俳句とも関わりの深かった著者の俳人論である。
ちなみに「茶盌(ちゃわん)」 と「宴会」の二作はちくま文庫『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』にも収録されている。
I部の怪奇・幻想小説系の作品は基本的にはできのムラが少なく、『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』同様、非常に楽しく読むことができた。
ストレートに怖さを押し出すのではなく、日常のなかからチラチラと異界への出入り口を示唆する、極めて暗示的な語り。それは読者の側がそれを頭の中でさらに膨らませる効果があり、気がつけばいつの間にか冷たい水風呂に首まで浸かっているような、そんな怖さがある。
印象に残ったものはまず「童貞女(びるぜん)昇天」 。隠れキリシタンの遺児でもあった修道女が焼死するという事件の謎に迫る作品だが、もちろんミステリ的な謎ではない。
両サイドに離れてあるべきセクシュアリティと宗教に対する思い、それは遠く離れているようで実は一周回った近さもある。ストーリーの転換が価値観の転換をも誘発して真相はひどく切ない。
「鬼火」 は再読だが、ほとんど内容を覚えておらず、今回も新鮮な気持ちで楽しめた。「童貞女(びるぜん)昇天」 と並んで本書中のトップだろう。
小狡いガス集金人がガス料金のかたに女性から体を奪おうとするこすからい話が、終盤、集金人が女の家を訪れるあたりから一気に怪談に転化する流れは絶妙。ガスストーブを鬼火に喩えるイメージづくりがまた巧い。
II部の俳人論はこちらにそのジャンルの基本的知識が不足しているため、正直その価値がわからないところも大きいのだが、評伝的なノンフィクションとしては意外に面白い。これも単なる伝記ではなく吉屋信子というフィルターを通しているからこそだろう。
隣り合わせにある日常と異界の境界線の描き方が巧みで、さすがに少女小説や家庭小説はそこまで食指も動かないが、怪奇・幻想小説系統のものならもっと読んでみたいと手に取ったのが、本日の読了本『鬼火・底のぬけた柄杓』である。

I
「童貞女(びるぜん)昇天」
「鶴」
「鬼火」
「茶盌(ちゃわん)」
「嫗(おうな)の幻想」
「もう一人の私」
「宴会」
II
「墨堤に消ゆ」(富田木歩)
「底のぬけた柄杓」(尾崎放哉)
「岡崎えん女の一生」(岡崎えん)
収録作は以上。大きく二部に分かれているが、Iがお目当の怪奇・幻想小説系、IIが俳句とも関わりの深かった著者の俳人論である。
ちなみに「茶盌(ちゃわん)」 と「宴会」の二作はちくま文庫『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』にも収録されている。
I部の怪奇・幻想小説系の作品は基本的にはできのムラが少なく、『文豪怪談傑作選 吉屋信子集 生霊』同様、非常に楽しく読むことができた。
ストレートに怖さを押し出すのではなく、日常のなかからチラチラと異界への出入り口を示唆する、極めて暗示的な語り。それは読者の側がそれを頭の中でさらに膨らませる効果があり、気がつけばいつの間にか冷たい水風呂に首まで浸かっているような、そんな怖さがある。
印象に残ったものはまず「童貞女(びるぜん)昇天」 。隠れキリシタンの遺児でもあった修道女が焼死するという事件の謎に迫る作品だが、もちろんミステリ的な謎ではない。
両サイドに離れてあるべきセクシュアリティと宗教に対する思い、それは遠く離れているようで実は一周回った近さもある。ストーリーの転換が価値観の転換をも誘発して真相はひどく切ない。
「鬼火」 は再読だが、ほとんど内容を覚えておらず、今回も新鮮な気持ちで楽しめた。「童貞女(びるぜん)昇天」 と並んで本書中のトップだろう。
小狡いガス集金人がガス料金のかたに女性から体を奪おうとするこすからい話が、終盤、集金人が女の家を訪れるあたりから一気に怪談に転化する流れは絶妙。ガスストーブを鬼火に喩えるイメージづくりがまた巧い。
II部の俳人論はこちらにそのジャンルの基本的知識が不足しているため、正直その価値がわからないところも大きいのだが、評伝的なノンフィクションとしては意外に面白い。これも単なる伝記ではなく吉屋信子というフィルターを通しているからこそだろう。
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