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堀啓子『日本ミステリー小説史』(中公新書)
タイトルどおり日本のミステリの歴史をたどった一冊。2014年に出た本だが、こういうものが新書で出るということ自体なかなか珍しい。
もともと岩波新書や中公新書といったノンフィクション系の新書の使命は、あくまで一般的な教養書である。そこにマニアぐらいしか興味のないようなミステリの歴史というテーマをもってきて、果たして需要があるのかどうか。出版不況のなか、国産ミステリは比較的健闘しているほうとはいえ、人ごとながら心配である(苦笑)。

まあ、それはともかく。
せっかく新書で出してくれたからには、ミステリをたまに読むという程度のファンやミステリ初心者が、こういう本でミステリをより深く好きになってくれればいいわけで、そういう意味では十分に意義あることだろう。
もちろん新書なので、内容的にそれほど深いものを期待してはいけないのは当然。むしろ即席でミステリ通ぶれるような、そんな俯瞰的な紹介をしてほしいところである。
ところがそんな観点で本書を読んだ場合、その期待は裏切られることになる。その理由は、日本ミステリ史を構成する史実のバランスの悪さに原因がある。
具体的に目次を見ると……
序章 ミステリー小説の誕生
第1章 ミステリー到来前夜の日本
第2章 最初の翻訳ミステリー
第3章 邦人初の創作ミステリー
第4章 ピークを迎えた明治二十六年
第5章 雌伏の四半世紀―ミステリー不遇の時代
第6章 捲土重来―盛り返してきたミステリー
第7章 探偵小説から推理小説へ
第8章 現代への潮流
という感じで、本文は約260ページほど。
わが国でミステリがミステリとして認知され、広く親しまれるようになったきっかけはやはり雑誌「新青年」や乱歩の登場によるところが大きいと思うのだが、これらの頃が紹介されるのはなんと第6章、180ページ前後のことなのである。これはあまりに遅すぎる。
したがって以降はかなりの駆け足。さすがに乱歩については多少ページを割いているもの、残りは横溝正史、松本清張、仁木悦子らの大物をさらっとまとめている程度に留まる。
紙面に限りのある新書のこと、作家の紹介が少ないというつもりはないけれども、 そもそもミステリとしての流れや発展は「新青年」誕生からが肝だ。戦時の統制や影響、各ジャンルの栄枯盛衰、出版社の動向など、重要な事実は山ほどあるわけで、触れられていない重要な事実が多すぎるのは残念としかいいようがない。
つまりは「日本ミステリー小説史」と謳っているにもかかわらず、扱っている時代とジャンルが狭すぎ、とても日本のミステリー小説史を俯瞰できるようなものではないということである。
では、著者は「新青年」以前のページでいったい何を書いていたのかというと、それこそわが国でミステリがミステリとして認知される以前のミステリについてである。
まずは聖書に始まり、ギリシア神話やシェークスピアなど、西洋におけるミステリ要素を含んだエピソードや作品の紹介。舞台を日本に移すと、今度は江戸後期の大岡政談、明治期の翻訳物、涙香の翻案もの、そしてそれらの動きが近代の文壇に与えた影響などなど。
で、実は著者がもっとも書きたかったのが、最後の「ミステリが近代の文壇に与えた影響」ではないかと推測できる。本書の著者、堀啓子氏はそもそも明治文学、特に尾崎紅葉の研究をしている方で、その研究を通して紅葉が海外の小説から影響を受けていることを知り、そこから当時人気だった翻訳ミステリへと興味がつながっていったらしい。実際、この明治期の部分が本書中もっとも力の入っている部分でもある。
ただ、それならそれで「日本ミステリー小説史」などと大上段に構えず、「ミステリーの夜明け前」とか「乱歩以前」とか、素直にそういう縛りやタイトルにすればよかっただろう。江戸から明治にかけての記述など、読み応えのある部分もあるだけに、中身と外側がまったく一致していないことが、とにかく本書の最大の不幸である。
そういえば本書の帯には、「なぜ日本はミステリー大国になったのか」という惹句があるのだが、本文にその答えは明示されていない。まあ、これは著者より編集者の責だろうが、こういうのも読者には傍迷惑なだけであろう。
ちなみにAmazonを見ると相当辛いレビューが多いけれども、作家の紹介の分量や言及される内容については少々こだわりすぎであり、さすがに新書にそこまで望むのは酷な気がする。まあ、間違いの類は確かに困るが。
それよりも管理人的には、『日本ミステリー小説史』というタイトルに見合った、適切な内容と売り方をしてほしかったということに尽きる。せっかくミステリファンが注目するような内容なのだから。
もともと岩波新書や中公新書といったノンフィクション系の新書の使命は、あくまで一般的な教養書である。そこにマニアぐらいしか興味のないようなミステリの歴史というテーマをもってきて、果たして需要があるのかどうか。出版不況のなか、国産ミステリは比較的健闘しているほうとはいえ、人ごとながら心配である(苦笑)。

まあ、それはともかく。
せっかく新書で出してくれたからには、ミステリをたまに読むという程度のファンやミステリ初心者が、こういう本でミステリをより深く好きになってくれればいいわけで、そういう意味では十分に意義あることだろう。
もちろん新書なので、内容的にそれほど深いものを期待してはいけないのは当然。むしろ即席でミステリ通ぶれるような、そんな俯瞰的な紹介をしてほしいところである。
ところがそんな観点で本書を読んだ場合、その期待は裏切られることになる。その理由は、日本ミステリ史を構成する史実のバランスの悪さに原因がある。
具体的に目次を見ると……
序章 ミステリー小説の誕生
第1章 ミステリー到来前夜の日本
第2章 最初の翻訳ミステリー
第3章 邦人初の創作ミステリー
第4章 ピークを迎えた明治二十六年
第5章 雌伏の四半世紀―ミステリー不遇の時代
第6章 捲土重来―盛り返してきたミステリー
第7章 探偵小説から推理小説へ
第8章 現代への潮流
という感じで、本文は約260ページほど。
わが国でミステリがミステリとして認知され、広く親しまれるようになったきっかけはやはり雑誌「新青年」や乱歩の登場によるところが大きいと思うのだが、これらの頃が紹介されるのはなんと第6章、180ページ前後のことなのである。これはあまりに遅すぎる。
したがって以降はかなりの駆け足。さすがに乱歩については多少ページを割いているもの、残りは横溝正史、松本清張、仁木悦子らの大物をさらっとまとめている程度に留まる。
紙面に限りのある新書のこと、作家の紹介が少ないというつもりはないけれども、 そもそもミステリとしての流れや発展は「新青年」誕生からが肝だ。戦時の統制や影響、各ジャンルの栄枯盛衰、出版社の動向など、重要な事実は山ほどあるわけで、触れられていない重要な事実が多すぎるのは残念としかいいようがない。
つまりは「日本ミステリー小説史」と謳っているにもかかわらず、扱っている時代とジャンルが狭すぎ、とても日本のミステリー小説史を俯瞰できるようなものではないということである。
では、著者は「新青年」以前のページでいったい何を書いていたのかというと、それこそわが国でミステリがミステリとして認知される以前のミステリについてである。
まずは聖書に始まり、ギリシア神話やシェークスピアなど、西洋におけるミステリ要素を含んだエピソードや作品の紹介。舞台を日本に移すと、今度は江戸後期の大岡政談、明治期の翻訳物、涙香の翻案もの、そしてそれらの動きが近代の文壇に与えた影響などなど。
で、実は著者がもっとも書きたかったのが、最後の「ミステリが近代の文壇に与えた影響」ではないかと推測できる。本書の著者、堀啓子氏はそもそも明治文学、特に尾崎紅葉の研究をしている方で、その研究を通して紅葉が海外の小説から影響を受けていることを知り、そこから当時人気だった翻訳ミステリへと興味がつながっていったらしい。実際、この明治期の部分が本書中もっとも力の入っている部分でもある。
ただ、それならそれで「日本ミステリー小説史」などと大上段に構えず、「ミステリーの夜明け前」とか「乱歩以前」とか、素直にそういう縛りやタイトルにすればよかっただろう。江戸から明治にかけての記述など、読み応えのある部分もあるだけに、中身と外側がまったく一致していないことが、とにかく本書の最大の不幸である。
そういえば本書の帯には、「なぜ日本はミステリー大国になったのか」という惹句があるのだが、本文にその答えは明示されていない。まあ、これは著者より編集者の責だろうが、こういうのも読者には傍迷惑なだけであろう。
ちなみにAmazonを見ると相当辛いレビューが多いけれども、作家の紹介の分量や言及される内容については少々こだわりすぎであり、さすがに新書にそこまで望むのは酷な気がする。まあ、間違いの類は確かに困るが。
それよりも管理人的には、『日本ミステリー小説史』というタイトルに見合った、適切な内容と売り方をしてほしかったということに尽きる。せっかくミステリファンが注目するような内容なのだから。
Comments
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日本SF評論大賞と創元のSF新人賞取ったかたで、本が2冊出ていますがどちらもムチャクチャ面白いです。
ものすごい映画マニアで、日本で「フリッカー、あるいは映画の魔」を書ける人間がいるとすれば彼だけだろうと思ってます。
Posted at 13:25 on 07 08, 2017 by ポール・ブリッツ
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ポール・ブリッツさん
本書の場合、半七とやってしまうと、それはそれで別の不満が出そうでいかんですね(笑)。でも大正で終わらせるというのは、本書のテーマがより明確になるのでいいと思いますよ。
ちなみに『戦前日本SF映画創世記:ゴジラは何でできているか』は読んだことないですが、こちらはタイトルはともかく中身は良さげですね。
Posted at 00:33 on 07 08, 2017 by sugata
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「戦前日本SF映画創世記:ゴジラは何でできているか」って名著を出した高槻真樹さんという戦友がいるけれど、この新書もその伝で行って「明治日本ミステリー創世記:半七は何でできているか」というタイトルで大正で論を終わらせたほうが売れたのではないかと思う。
「思う」なのは、高槻さんの本がどれだけ売れたのか聞いていないからですが(汗)
Posted at 20:13 on 07 07, 2017 by ポール・ブリッツ
ポール・ブリッツさん
評論は『映画探偵: 失われた戦前日本映画を捜して』と『戦前日本SF映画創世記: ゴジラは何でできているか』があるんですね。どちらも興味深いですが、個人的趣味でいくとまずは後者からでしょうか。
良さそうな本を教えていただいて感謝です!
Posted at 13:57 on 07 08, 2017 by sugata