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D・M・ディヴァイン『紙片は告発する』(創元推理文庫)
1960年から80年にかけて活躍した本格ミステリの作家、などと書くとまるで『本格ミステリ・フラッシュバック』の話のようだが、ちょうどこの時期に本場イギリスで活躍した本格ミステリ作家といえば、迷わずあげたいのがD・M・ディヴァインである。
ストーリーとしては地味なものがほとんどだけれど、発端での謎の提出、中盤での周到なまでに貼り尽くされた伏線、そしてラストでの意外な結末。何よりそれらを支える巧みな人物描写。これらが高い水準で満たされ、その読み応えは抜群。しかもアベレージが高い。個人的にもお気に入りの作家の一人である。
本日はそんなディヴァインの『紙片は告発する』をご紹介。
舞台はイギリスの地方都市キルクラノン。その町議会議員ジョージ・エルダーの娘で、庁舎でタイピストとして働くルーシーが何者かに殺害された。
ルーシーは死の直前、職場で拾った紙片に「よこしまなこと」が書かれているので警察に通報すると吹聴しており、その口止めが殺害の動機ではないかと推測された。
折しも町では開発計画の入札にまつわる不正疑惑が持ち上がっていたが、それ以外にも町政に関する対立、あるいは複雑な人間関係など、水面下でさまざまな思惑がひしめいていた……。

まあ、ストーリーは相変わらず地味(苦笑)。
なんせベースが町の議会や町政だし、その関係者の抱える秘密が徐々に明らかになっていくというストーリーである。イギリスの地方の議会や町政の裏側も、汚職に不倫、セクハラ、パワハラとけっこうリアルに描かれ、これではまるで昭和の社会派ミステリではないか。
普通ならこんな辛気臭い設定と展開に辟易とするところだろう。ところがディヴァインの手にかかると、意外やこれが面白い。
町議会の裏側という情報的な部分もあるけれど、やはりものをいっているのは丁寧な人物描写だろう。議員をはじめとして庁舎で働くさまざまな職員たちをよく観察しているなぁというのが率直な感想。もちろん議員や職員の仕事ぶりだけではなく、各人が個人的に抱える葛藤や悩みも絡めて読者の前に提示してくれるからいいのだろう。そんな闇の部分が最終的に殺人事件へと至る、その過程の描き方も鮮やかで、 結局はそういうドラマ作りの巧さなのだ。
基本的には登場人物のほとんどが普通の人々だから、キャラクターを立てる作業はなかなか難しいと思うし、そのため多少は誇張された登場人物もいないではないが、それでもここまで描写できるミステリ作家は少ない。
ドラマ作りといえば、本作では珍しく恋愛要素もガッツリ目に入れて、ストーリーに膨らみを与えている。主人公格の副書記官ジェニファーの不倫というネタなのだが、キャリアウーマンが恋愛と出世の間で悩みつつ、最終的には自分の意思で前に進んでいく。
この描写がまたなかなかどうして達者なもので、聡明で知的な人間であっても、その人間的な強さは決して比例するものではなく、むしろ曖昧だったり一致しないからこそ人間は愛すべき存在なのだというのが上手く描かれている。
もちろん本格ミステリなのでそれがメインはないのだけれど、これらの要素がなければ決して本作は面白いものにならなかったはずだ。
ということで、やはりディヴァインはいい。
実は本格ミステリとしては小粒で、それなりに意外なラストが待っているのは評価できるけれど、そこまで論理のキレがある作品ではない。本格要素だけでいうと過去作品の中では低い方だろう。
しかしディヴァインの作品は上でも書いたように、人物描写なども込みであることが重要。本作はそちらの実力がいかんなく発揮されており、十分楽しめる一作といえる。
ストーリーとしては地味なものがほとんどだけれど、発端での謎の提出、中盤での周到なまでに貼り尽くされた伏線、そしてラストでの意外な結末。何よりそれらを支える巧みな人物描写。これらが高い水準で満たされ、その読み応えは抜群。しかもアベレージが高い。個人的にもお気に入りの作家の一人である。
本日はそんなディヴァインの『紙片は告発する』をご紹介。
舞台はイギリスの地方都市キルクラノン。その町議会議員ジョージ・エルダーの娘で、庁舎でタイピストとして働くルーシーが何者かに殺害された。
ルーシーは死の直前、職場で拾った紙片に「よこしまなこと」が書かれているので警察に通報すると吹聴しており、その口止めが殺害の動機ではないかと推測された。
折しも町では開発計画の入札にまつわる不正疑惑が持ち上がっていたが、それ以外にも町政に関する対立、あるいは複雑な人間関係など、水面下でさまざまな思惑がひしめいていた……。

まあ、ストーリーは相変わらず地味(苦笑)。
なんせベースが町の議会や町政だし、その関係者の抱える秘密が徐々に明らかになっていくというストーリーである。イギリスの地方の議会や町政の裏側も、汚職に不倫、セクハラ、パワハラとけっこうリアルに描かれ、これではまるで昭和の社会派ミステリではないか。
普通ならこんな辛気臭い設定と展開に辟易とするところだろう。ところがディヴァインの手にかかると、意外やこれが面白い。
町議会の裏側という情報的な部分もあるけれど、やはりものをいっているのは丁寧な人物描写だろう。議員をはじめとして庁舎で働くさまざまな職員たちをよく観察しているなぁというのが率直な感想。もちろん議員や職員の仕事ぶりだけではなく、各人が個人的に抱える葛藤や悩みも絡めて読者の前に提示してくれるからいいのだろう。そんな闇の部分が最終的に殺人事件へと至る、その過程の描き方も鮮やかで、 結局はそういうドラマ作りの巧さなのだ。
基本的には登場人物のほとんどが普通の人々だから、キャラクターを立てる作業はなかなか難しいと思うし、そのため多少は誇張された登場人物もいないではないが、それでもここまで描写できるミステリ作家は少ない。
ドラマ作りといえば、本作では珍しく恋愛要素もガッツリ目に入れて、ストーリーに膨らみを与えている。主人公格の副書記官ジェニファーの不倫というネタなのだが、キャリアウーマンが恋愛と出世の間で悩みつつ、最終的には自分の意思で前に進んでいく。
この描写がまたなかなかどうして達者なもので、聡明で知的な人間であっても、その人間的な強さは決して比例するものではなく、むしろ曖昧だったり一致しないからこそ人間は愛すべき存在なのだというのが上手く描かれている。
もちろん本格ミステリなのでそれがメインはないのだけれど、これらの要素がなければ決して本作は面白いものにならなかったはずだ。
ということで、やはりディヴァインはいい。
実は本格ミステリとしては小粒で、それなりに意外なラストが待っているのは評価できるけれど、そこまで論理のキレがある作品ではない。本格要素だけでいうと過去作品の中では低い方だろう。
しかしディヴァインの作品は上でも書いたように、人物描写なども込みであることが重要。本作はそちらの実力がいかんなく発揮されており、十分楽しめる一作といえる。
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