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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ケン・リュウ『母の記憶に』(新ハヤカワSFシリーズ)

 『紙の動物園』でSFファンはもちろん、普段はSFを読まない層にまで広くその名を知られるようになったケン・リュウ。本日の読了本は彼の第二短編集『母の記憶に』。
 読む前から十分期待はしていたのだけれど、気になったのは『紙の動物園』にしても本書にしても、日本で編まれたオリジナルの短編集だということ。つまり『紙の動物園』に傑作をぶちこみすぎて、本書ではもういい作品はそれほど残っていないのではないかという懸念である。
 しかし、そんな心配はまったくの杞憂であった。本書は『紙の動物園』に勝るとも劣らない、いや、それ以上の傑作短編集である。

 母の記憶に

The Ussuri Bear「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」
Knotting Grass, Holding Ring「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」
You’ll Always Have the Burden with You「重荷は常に汝とともに」
Memories of My Mther「母の記憶に」
Presence「存在(プレゼンス)」
Simulacrum「シミュラクラ」
The Regular「レギュラー」
In the Loop「ループのなかで」
State Change「状態変化」
The Perfect Match「パーフェクト・マッチ」
Cassaandra「カサンドラ」
Staying Behind「残されし者」
An Advanced Readers’ Picture Book of Comparative Cognition「上級読者のための比較認知科学絵本」
The Litigation Master and the Monkey King「訴訟師と猿の王」
All the Flavors「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」
The Long Haul: From the ANNALS OF TRANSPORTATION, The Pacific Monthly, May 2009「『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」」

 いやあ、すごいわ、これ。
 なんというか、『紙の動物園』を読んだときには、東洋思想と西洋科学の絶妙な融合とか、ノスタルジックな面やウェットな面が非常に心地よかったのだが、本書では中国伝奇風やハードボイルド風など、よりバラエティに富み、さらにエンタメ度が高くなったイメージ。
 とにかく読む作品、読む作品がことごとく面白い。長編でも十分にいけるネタを惜しげもなく短編や中編で仕上げるなど贅沢の極み。まさに奇跡のような作品集である。

 どの作品も本当に面白いのだが、その中でも気に入った作品をあげると、まずはスチームパンク炸裂の「烏蘇里羆(ウスリ―ひぐま)」。僅か二十三ページしかないのに、これでもかというギミックう詰め込んでおり、その方面のファンに堪えられない。

 「草を結びて環(たま)を銜(くわ)えん」は中国の寓話的な一編。主人公の緑鶸(みどりのまひわ)の生き方が鮮烈で、読む者の心を鷲掴みにする。

 「母の記憶に」も圧倒的。これなんてたった五ページの掌篇なのに、ここまで家族と人生について考えさせられるとは。

 SFハードボイルドといってよい「レギュラー」は個人的なイチ押し。ミステリとしても十分満足できるレベルで、下手なハードボイルド作家は裸足で逃げ出すはず。『ブレードランナー』あたりが好きな人はもう堪らんのではないか。長編でシリーズ化してほしいぐらいだ。

 「パーフェクト・マッチ」は手垢のついたテーマのはずなのに、それでも引き込まれる。人間と人工知能の知恵比べにとどまらない皮肉なラストが効いている。

 「カサンドラ」もすごく好み。世界のあらゆる事象にはさまざまな見方と考え方があるけれども、それを某ヒーローに対峙する女悪役から描いている。単なるパロディなんかではもちろんない。

 「訴訟師と猿の王」は、清王朝時代の中国で、虐げられている庶民のためにかわって弁護を請け負う訴訟師が主人公。序盤はコンゲームっぽい面白さもあるが、主人公が心の中に(あるいは現実なのか)かう猿の王(おそらく孫悟空?)との会話が興味深い。そして物語の背景にあるのは清王朝の大虐殺なのだが、おそらくこれは天安門の比喩であり、もうとにかく濃度高すぎである。

 三国志好きに見逃せないのが「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」。主人公の謎の中国人と、三国志の物語でも屈指の武将といわれる関羽のイメージを、巧みにだぶらせて描いている。アメリカ人が書いた関羽の話なんて初めて読んだわ。

 とまあ、好みの作品を優先的に紹介してみたけれど、他の作品もハズレなし。これは間違いなくオススメです。

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Comments

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くさのまさん

オーソドックスなテーマをSF的ワンアイディアでまとめた、というと語弊はありますが、その絡め方と描写が絶妙です。どうぞお楽しみください。『紙の動物園』は文庫も出ていますね。

ジーン・ウルフはおそらく『書架の探偵』ですよね? これもミステリ好きには気になる一冊ですね。私ももちろん買っています。

Posted at 11:53 on 08 13, 2017  by sugata

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じゃあ買います(笑)。

 管理人様がここまで誉めていらっしゃるのであれば、買わない訳にはいかないですね。早川SFは数日前にジーン・ウルフを買ったばっかりで、もうしばらく買うこともないと思っていたのですが、『紙の動物園』共々購入致します。

Posted at 08:59 on 08 13, 2017  by くさのま

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ポール・ブリッツさん

私も普段はあまりSFを読まないですが、これはかなり間口が広い方ではないでしょうか。小説を読む楽しみをいろいろな角度で満たしてくれるいい短編集だと思います。

Posted at 19:55 on 08 12, 2017  by sugata

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SFは80年代で時計が止まっているので、合うかどうかわからないけれど、見つけたら読んでみます……。

Posted at 17:34 on 08 12, 2017  by ポール・ブリッツ

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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