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ジョルジュ・シムノン『モンド氏の失踪』(河出書房新社)
シムノンの『モンド氏の失踪』を読む。シムノンの文学寄りの作品をコレクションした河出書房新社の【シムノン本格小説選】からの一冊。
こんな話。パリで会社を経営するノルベール・モンド氏は再婚した妻と二人の子供にも恵まれ、すべてが幸せに見えた。しかし、妻はいつしか彼のことを理解しないようになり、子供たちは精神的に自立できず、モンド氏に頼りきる暮らしであった。
そんなある日のこと。モンド氏はなんとなく会社も家族も捨て、夜汽車でパリをあとにする。その先で出会ったのは男に捨てられて自殺を図った女との出会い、犯罪がひしめく裏社会、落ちぶれた最初の妻との再開。モンド氏はそこで何を得ることができるのか……。

新たな人生をやり直すというのは、とりたてて珍しいテーマというわけではない。ただ、これをシムノンがやるとまた一味違ってきてなかなか面白い。
面白いポイントはふたつあって、ひとつは主人公がこれまでの暮らしを何もかも捨てさり、まったく誰にも知られることなく消え失せてしまうところだ。家族や同僚など残された者にはたまったものではないが、そういうことも一切気にせず消え失せる。
そこにあるのは他者がまったく気づかなかった主人公の深い闇であり、そんなところに人の結びつきに対するシムノン自身の醒めた人生観がちらほら感じられて興味深い。
もうひとつのポイントは、その実、主人公が失踪する確固たる理由がないところである。家族に対する失望や人生の目的を見失ったようなイメージは感じられるが、大きなきっかけになるような事件もなく、何が何でも人生をやり直すという決意もない。
日々の暮らしの中でうっかりボタンを掛け違えたかのような、そんなレベルで主人公は自分を消してしまうのである。
ただ、そんな失踪事件を起こした序盤は引き込まれるのだけれど、その後がいまひとつ。
やり直すはずの人生が意外に波乱万丈で、ううむ、それまでの人生と対比する意味を持たせているのだとは思うのだが。モンド氏の絡みかたというか行動ルールがそれまでの生き方となんとなくズレている感じがして、いまひとつ納得できないのである。
モンド氏は自分の人生を変えようとしているのであって、自分の生き方まで変えたいわけではない。その辺りの設定がやや混乱した印象で残念なところだ。
モンド氏は結局ラストでもとの人生に帰っていくことになり、その人生は再び暗澹たるものになることが暗示されて幕を閉じる。このラストがたまらなくよいだけに、中盤が余計にもったいない。
まあ、そんな不満もあるのだけれど、モンド氏の抱える心の澱は、案外、現代の日本のサラリーマンが抱えている悩みと似ている気がしないでもなく、そういう意味では考えさせられる一作である。
こんな話。パリで会社を経営するノルベール・モンド氏は再婚した妻と二人の子供にも恵まれ、すべてが幸せに見えた。しかし、妻はいつしか彼のことを理解しないようになり、子供たちは精神的に自立できず、モンド氏に頼りきる暮らしであった。
そんなある日のこと。モンド氏はなんとなく会社も家族も捨て、夜汽車でパリをあとにする。その先で出会ったのは男に捨てられて自殺を図った女との出会い、犯罪がひしめく裏社会、落ちぶれた最初の妻との再開。モンド氏はそこで何を得ることができるのか……。

新たな人生をやり直すというのは、とりたてて珍しいテーマというわけではない。ただ、これをシムノンがやるとまた一味違ってきてなかなか面白い。
面白いポイントはふたつあって、ひとつは主人公がこれまでの暮らしを何もかも捨てさり、まったく誰にも知られることなく消え失せてしまうところだ。家族や同僚など残された者にはたまったものではないが、そういうことも一切気にせず消え失せる。
そこにあるのは他者がまったく気づかなかった主人公の深い闇であり、そんなところに人の結びつきに対するシムノン自身の醒めた人生観がちらほら感じられて興味深い。
もうひとつのポイントは、その実、主人公が失踪する確固たる理由がないところである。家族に対する失望や人生の目的を見失ったようなイメージは感じられるが、大きなきっかけになるような事件もなく、何が何でも人生をやり直すという決意もない。
日々の暮らしの中でうっかりボタンを掛け違えたかのような、そんなレベルで主人公は自分を消してしまうのである。
ただ、そんな失踪事件を起こした序盤は引き込まれるのだけれど、その後がいまひとつ。
やり直すはずの人生が意外に波乱万丈で、ううむ、それまでの人生と対比する意味を持たせているのだとは思うのだが。モンド氏の絡みかたというか行動ルールがそれまでの生き方となんとなくズレている感じがして、いまひとつ納得できないのである。
モンド氏は自分の人生を変えようとしているのであって、自分の生き方まで変えたいわけではない。その辺りの設定がやや混乱した印象で残念なところだ。
モンド氏は結局ラストでもとの人生に帰っていくことになり、その人生は再び暗澹たるものになることが暗示されて幕を閉じる。このラストがたまらなくよいだけに、中盤が余計にもったいない。
まあ、そんな不満もあるのだけれど、モンド氏の抱える心の澱は、案外、現代の日本のサラリーマンが抱えている悩みと似ている気がしないでもなく、そういう意味では考えさせられる一作である。
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