- Date: Wed 06 09 2017
- Category: 国内作家 新羽精之
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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新羽精之『新羽精之探偵小説選I』(論創ミステリ叢書)
本日は論創ミステリ叢書から『新羽精之探偵小説選I』を読む。
新羽精之は1969年に探偵小説誌『宝石』でデビューした作家である。以前に感想をアップした著者唯一の長編かつ唯一の著書でもある『鯨の後に鯱がくる』は意外にも社会派ミステリだったが、本来は奇妙な味系の作家として紹介されることが多い作家である。
とはいえ元々はがっつり本格志向だったようなのだが、『宝石』の短編懸賞で受賞したのが奇妙な味の「進化論の問題」だったため、そういう道もあるのかと方向転換したということらしい。
まあ、管理人も新羽精之の短編はアンソロジーや探偵小説誌『幻影城』でいくつか読んだだけなので、実はその全貌をあまり理解しているわけではない。
しかしながら今回本書の刊行によって、まとめて新羽作品に接することができ、その意外なくらいバラエティに富んだ作風を楽しむことができた。

「炎の犬」
「火の鳥」
「進化論の問題」
「美容学の問題」
「生存の意志」
「ロンリーマン」
「青いなめくじ」
「タコとカステラ」
「魚と幻想」
「坂」
「実験材料」
「素晴しき老年」
「マドンナの微笑」
「穴」
「罠」
「幻想の系譜」
「チャンピオンのジンクス」
「海賊船」
収録作は以上。デビュー作の「炎の犬」から始まり、主な活躍媒体だった『宝石』が廃刊になるまでの時期の作品を収めている(以降の作品は『新羽精之探偵小説選II』に収録)。
上でバラエティに富んだ作風ということを書いたが、本格から奇妙な味、歴史ミステリ、ブラックユーモア、ファンタジーっぽいものなどなど、作品ごとにかなり趣が異なっている。一応は全部まとめて奇妙な味と言えないこともないだろうが、これだけいろいろなアプローチができるなら、変に先入観を植えつけるよりは普通に短編の名手ということもできるだろう。とにかくアイディアという点では十分評価できる。
また、アイディアだけでなく、そもそも本格好きということで、謎解きやトリック成分も決して低くはなく、いい感じで他ジャンルと融合しているのも良いところだ。
ただ、着想は良いのだけれど、作品によってはどこかで読んだなとか使いまわしのネタもちらほらあるのは気になった(あくまでこの時期の作品に限ってだが)。
また、文章も決して上手い方ではなく、ところどころで状況が掴みにくい表現もあるのはいただけない。
以下、作品ごとの感想など。
デビュー作の「炎の犬」は田舎の山犬の伝説をベースにした本格作品で、雰囲気も出来もまずまず。ただ、タイトルにもなっている“炎の犬”の正体はひどい(苦笑)。
ちなみに「火の鳥」も似たようなレベルだが、いかんせん「炎の犬」と同じトリックを使っているのがまずい。よくこれを同じ『宝石』に投稿したものだ。
代表作とも言える「進化論の問題」はやはり良い。未読の方はぜひ先入観なしに読んでもらいたい。そこはかとないユーモアも含みつつ、徐々にエスカレートする行為が、読者の想像をわしわしと掻き立て、恐怖を募らせる。そんなに文章が洗練されているとは思えないのだが、これはもう純粋にアイディアの勝利。
そして続く「美容学の問題」がこれまた「進化論の問題」の延長線上で思いついたような内容で、この時期はまだまだアイディアの引き出しが少なかったような印象である。
「生存の意志」は遭難した二人の若者の物語。著者自らイソップを引き合いに出しているように、大人のためのブラックな寓話である。掌品だが悪くない。
孤独を愛する学芸員が主人公の「ロンリーマン」は、犯罪小説のような展開から、いつのまにかダークファンタジーでしたという物語。
「青いなめくじ」は倒叙というか犯罪小説というか本格というか奇妙な味というか。なめくじミステリの佳作である。
明治時代の佐世保を舞台にした本格という点で印象的なのが「タコとカステラ」。多岐川恭の『異郷の帆』あたりに刺激を受けて書かれたようだが、出来はいまひとつ。
「魚と幻想」は療養所での看護婦殺人事件を描く。ある患者が素人探偵となり、毛嫌いしている男を犯人とにらんで追及するが、皮肉なラストが待ちかまえる。療養所が舞台というだけで、なんとなく探偵小説っぽさが数ランク上がるから不思議である。
「坂」は解説でディクスン・カーばり云々とあるとおり、確かにトリックがカーを彷彿とさせて楽しい。これを長編でやられるとさすがに厳しいが、こういうこじんまりとした短編なら許容範囲だろう。
「実験材料」はダークファンタジーもしくはブラックユーモア的作品。一歩間違えばコントみたいになる話だが、ぎりぎり堪えている感じか。
「素晴しき老年」もブラックな笑いが効いている一作。アイディアの勝利。
「マドンナの微笑」は美術品をめぐる事件を描くが、その他の作品に感じられる着眼の良さが出ておらずものたりない。
「穴」と「罠」は長崎を舞台にした時代物。設定は嫌いじゃないがミステリとしては低調。
「幻想の系譜」は経験主義を押しつける伯父によって苦悩する青年が主人公。伯父と主人公のやりとりがユーモラスで、構図としては「進化論の問題」を思わせる。どんでん返しはあるが、後味はほろ苦い。
「チャンピオンのジンクス」は架空の外国を舞台にし、ボクサーを主人公にしたダークファンタジーといった趣。単独で見れば面白い作品なのだが、メインのネタが「進化論の問題」と被っているのがマイナス点。
最後の航海に出る船に、なぜか荒くれ者ばかりを船員として雇った船長の思惑とは? 「海賊船」は海洋ものという特殊な舞台装置とミステリとしての驚きがうまくミックスされた佳作。若い水夫の眼を通して描かれるが、その構図が小説の味付けとしても、ミステリとしても効いている。
ということで、欠点もそれなりにあるにはせよ、全体的にはなかなか楽しめる作品集といえる。論創ミステリ叢書も戦後作家が増えてきたせいか、やはりレベルが上がっている感はある。続く『新羽精之探偵小説選II』も期待できそうだ。
新羽精之は1969年に探偵小説誌『宝石』でデビューした作家である。以前に感想をアップした著者唯一の長編かつ唯一の著書でもある『鯨の後に鯱がくる』は意外にも社会派ミステリだったが、本来は奇妙な味系の作家として紹介されることが多い作家である。
とはいえ元々はがっつり本格志向だったようなのだが、『宝石』の短編懸賞で受賞したのが奇妙な味の「進化論の問題」だったため、そういう道もあるのかと方向転換したということらしい。
まあ、管理人も新羽精之の短編はアンソロジーや探偵小説誌『幻影城』でいくつか読んだだけなので、実はその全貌をあまり理解しているわけではない。
しかしながら今回本書の刊行によって、まとめて新羽作品に接することができ、その意外なくらいバラエティに富んだ作風を楽しむことができた。

「炎の犬」
「火の鳥」
「進化論の問題」
「美容学の問題」
「生存の意志」
「ロンリーマン」
「青いなめくじ」
「タコとカステラ」
「魚と幻想」
「坂」
「実験材料」
「素晴しき老年」
「マドンナの微笑」
「穴」
「罠」
「幻想の系譜」
「チャンピオンのジンクス」
「海賊船」
収録作は以上。デビュー作の「炎の犬」から始まり、主な活躍媒体だった『宝石』が廃刊になるまでの時期の作品を収めている(以降の作品は『新羽精之探偵小説選II』に収録)。
上でバラエティに富んだ作風ということを書いたが、本格から奇妙な味、歴史ミステリ、ブラックユーモア、ファンタジーっぽいものなどなど、作品ごとにかなり趣が異なっている。一応は全部まとめて奇妙な味と言えないこともないだろうが、これだけいろいろなアプローチができるなら、変に先入観を植えつけるよりは普通に短編の名手ということもできるだろう。とにかくアイディアという点では十分評価できる。
また、アイディアだけでなく、そもそも本格好きということで、謎解きやトリック成分も決して低くはなく、いい感じで他ジャンルと融合しているのも良いところだ。
ただ、着想は良いのだけれど、作品によってはどこかで読んだなとか使いまわしのネタもちらほらあるのは気になった(あくまでこの時期の作品に限ってだが)。
また、文章も決して上手い方ではなく、ところどころで状況が掴みにくい表現もあるのはいただけない。
以下、作品ごとの感想など。
デビュー作の「炎の犬」は田舎の山犬の伝説をベースにした本格作品で、雰囲気も出来もまずまず。ただ、タイトルにもなっている“炎の犬”の正体はひどい(苦笑)。
ちなみに「火の鳥」も似たようなレベルだが、いかんせん「炎の犬」と同じトリックを使っているのがまずい。よくこれを同じ『宝石』に投稿したものだ。
代表作とも言える「進化論の問題」はやはり良い。未読の方はぜひ先入観なしに読んでもらいたい。そこはかとないユーモアも含みつつ、徐々にエスカレートする行為が、読者の想像をわしわしと掻き立て、恐怖を募らせる。そんなに文章が洗練されているとは思えないのだが、これはもう純粋にアイディアの勝利。
そして続く「美容学の問題」がこれまた「進化論の問題」の延長線上で思いついたような内容で、この時期はまだまだアイディアの引き出しが少なかったような印象である。
「生存の意志」は遭難した二人の若者の物語。著者自らイソップを引き合いに出しているように、大人のためのブラックな寓話である。掌品だが悪くない。
孤独を愛する学芸員が主人公の「ロンリーマン」は、犯罪小説のような展開から、いつのまにかダークファンタジーでしたという物語。
「青いなめくじ」は倒叙というか犯罪小説というか本格というか奇妙な味というか。なめくじミステリの佳作である。
明治時代の佐世保を舞台にした本格という点で印象的なのが「タコとカステラ」。多岐川恭の『異郷の帆』あたりに刺激を受けて書かれたようだが、出来はいまひとつ。
「魚と幻想」は療養所での看護婦殺人事件を描く。ある患者が素人探偵となり、毛嫌いしている男を犯人とにらんで追及するが、皮肉なラストが待ちかまえる。療養所が舞台というだけで、なんとなく探偵小説っぽさが数ランク上がるから不思議である。
「坂」は解説でディクスン・カーばり云々とあるとおり、確かにトリックがカーを彷彿とさせて楽しい。これを長編でやられるとさすがに厳しいが、こういうこじんまりとした短編なら許容範囲だろう。
「実験材料」はダークファンタジーもしくはブラックユーモア的作品。一歩間違えばコントみたいになる話だが、ぎりぎり堪えている感じか。
「素晴しき老年」もブラックな笑いが効いている一作。アイディアの勝利。
「マドンナの微笑」は美術品をめぐる事件を描くが、その他の作品に感じられる着眼の良さが出ておらずものたりない。
「穴」と「罠」は長崎を舞台にした時代物。設定は嫌いじゃないがミステリとしては低調。
「幻想の系譜」は経験主義を押しつける伯父によって苦悩する青年が主人公。伯父と主人公のやりとりがユーモラスで、構図としては「進化論の問題」を思わせる。どんでん返しはあるが、後味はほろ苦い。
「チャンピオンのジンクス」は架空の外国を舞台にし、ボクサーを主人公にしたダークファンタジーといった趣。単独で見れば面白い作品なのだが、メインのネタが「進化論の問題」と被っているのがマイナス点。
最後の航海に出る船に、なぜか荒くれ者ばかりを船員として雇った船長の思惑とは? 「海賊船」は海洋ものという特殊な舞台装置とミステリとしての驚きがうまくミックスされた佳作。若い水夫の眼を通して描かれるが、その構図が小説の味付けとしても、ミステリとしても効いている。
ということで、欠点もそれなりにあるにはせよ、全体的にはなかなか楽しめる作品集といえる。論創ミステリ叢書も戦後作家が増えてきたせいか、やはりレベルが上がっている感はある。続く『新羽精之探偵小説選II』も期待できそうだ。
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