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フリードリッヒ・デュレンマット『約束』(ハヤカワ文庫)
フリードリッヒ・デュレンマットの『約束』を読む。
著者はスイスの劇作家にして小説家。彼の作品はこれまで光文社古典新訳文庫から出た短編集『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』で読んだことがあるが、そのテイストは“奇妙な味”と通ずるところが大きく、ミステリではないにもかかわらず、ミステリファンにも十分楽しめる作品であった。
本書もその期待を裏切らない、実に不思議で魅力的な一冊である。
こんな話。
推理作家の“私”は講演のためにスイスのある小都市へ出かけ、宿泊先のホテルのバーで州警察の元機動隊隊長と知り合いになる。だが彼は友好的ながら推理小説に対しては否定的で、そう考えるきっかけになった九年前の事件について語り始める。
それは少女を狙った強姦殺人事件であり、その事件を通して人生を失ったある男の物語であった……。

本書がハヤカワミステリ文庫から出たことからもわかるように、犯罪とその捜査を扱った物語ではあるのだが、そのアプローチはミステリ作家のそれとはまったく異なる。デュレンマットの興味は事件の真相にあるのではなく、事件を通じて見出される真理にあるからである。
主人公はチューリヒ州警察のマテーイ警部。すぐれた捜査官である彼は少女を殺害された両親に、絶対犯人を逮捕すると告げるが、それがそもそも彼らしくない行動であった。マテーイはヨルダンに転任される予定だったが、直前にそれを拒否し、しかも休暇をとって密かに犯人を追う。
一見するとハードボイルドによくあるような一匹狼的刑事にも思えるが、マテーイの行動原理はそういうものとは少し異なる。マテーイを突き動かしているものは何なのか、そしてそれが何をもたらすのか、それこそが本作のテーマであるといっていいのかもしれない。
もちろんミステリがリアルではないという冒頭の登場人物のやりとりから、 ミステリに対するアンチテーゼとして読むのもありだろう。基本的にはミステリとしての結構を概ね備えているだけに、マテーイの迎える運命、思いも寄らない形で訪れる事件の決着は、なかなかの衝撃だ。ただ、これがデュレンマットの考えるリアリズムだとすれば、そのリアルのなんと不条理なことか。
ともあれいろいろと考えさせてくれる一作。短編集ほどのシュールさには欠けるが、文学との境界線みたいなミステリが好きな人にはこちらもオススメである。
著者はスイスの劇作家にして小説家。彼の作品はこれまで光文社古典新訳文庫から出た短編集『失脚/巫女の死 デュレンマット傑作選』で読んだことがあるが、そのテイストは“奇妙な味”と通ずるところが大きく、ミステリではないにもかかわらず、ミステリファンにも十分楽しめる作品であった。
本書もその期待を裏切らない、実に不思議で魅力的な一冊である。
こんな話。
推理作家の“私”は講演のためにスイスのある小都市へ出かけ、宿泊先のホテルのバーで州警察の元機動隊隊長と知り合いになる。だが彼は友好的ながら推理小説に対しては否定的で、そう考えるきっかけになった九年前の事件について語り始める。
それは少女を狙った強姦殺人事件であり、その事件を通して人生を失ったある男の物語であった……。

本書がハヤカワミステリ文庫から出たことからもわかるように、犯罪とその捜査を扱った物語ではあるのだが、そのアプローチはミステリ作家のそれとはまったく異なる。デュレンマットの興味は事件の真相にあるのではなく、事件を通じて見出される真理にあるからである。
主人公はチューリヒ州警察のマテーイ警部。すぐれた捜査官である彼は少女を殺害された両親に、絶対犯人を逮捕すると告げるが、それがそもそも彼らしくない行動であった。マテーイはヨルダンに転任される予定だったが、直前にそれを拒否し、しかも休暇をとって密かに犯人を追う。
一見するとハードボイルドによくあるような一匹狼的刑事にも思えるが、マテーイの行動原理はそういうものとは少し異なる。マテーイを突き動かしているものは何なのか、そしてそれが何をもたらすのか、それこそが本作のテーマであるといっていいのかもしれない。
もちろんミステリがリアルではないという冒頭の登場人物のやりとりから、 ミステリに対するアンチテーゼとして読むのもありだろう。基本的にはミステリとしての結構を概ね備えているだけに、マテーイの迎える運命、思いも寄らない形で訪れる事件の決着は、なかなかの衝撃だ。ただ、これがデュレンマットの考えるリアリズムだとすれば、そのリアルのなんと不条理なことか。
ともあれいろいろと考えさせてくれる一作。短編集ほどのシュールさには欠けるが、文学との境界線みたいなミステリが好きな人にはこちらもオススメである。
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