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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

笹沢左保『空白の起点』(日文文庫)

 最近のマイブーム、笹沢左保の『空白の起点』を読む。ポール・ブリッツさん、根岸鴨さんがオススメしてくれていたが、確かにこれも良作であった。

 こんな話。大阪発の急行列車「なにわ」が東京をめざし、真鶴を通過しようとしていたときのこと。乗客の一人、小梶鮎子が海岸の崖から男が墜落するところを車内から目撃した。ところが東京駅に着いた鮎子は、鉄道公安官から、墜落した男が自分の父・美智雄であったことを知らされる。
 たまたま同じ列車に乗り合わせていた保険会社の事故調査員・新田純一は、その偶然が気にかかり、保険の加入状況を調べると、最近、高額の保険に加入したことが判明。事故の裏に何かあるのではないかと考えた新田は引き続き、調査を続行するが……。

 空白の起点

 『招かれざる客』、『霧に溶ける』、『人喰い』とタイプは異なるが、本作もまたなかなかの出来である。
 一言で言ってしまうと、二時間サスペンスドラマ風の展開で、主人公の新田が調査を進めるうち、被害者の周囲には複雑な人間関係があることがわかり、そこからある容疑者が浮かび上がる。ところがその容疑者が自殺を遂げるあたりから、逆に事件の様相がますます怪しくなっていく。後半は犯人の見当もつきはじめ、アリバイ崩しが中心になっていくが、ラストではそれにとどまらない意外な真相が明らかになる。
 雰囲気は確かに二時間サスペンスドラマ風ではあるし、そこまで派手な仕掛けがあるというわけではないのだが、予想を半歩ほど上回っていく展開が心憎く、しっかりしたプロットをうまくストーリーに乗せているといった印象だ。
 特に動機についてはよく練られており、単なる二時間サスペンスドラマに終わらない魅力がある。

 気になったのは、登場人物の人物造形か。ストーリーの軽快さに比較すると、主人公の新田などは作品にそぐわない暗さであり、事件の様相に絡めて物語に深みを出そうとしたとは思うのだが、終盤で明らかになる事実には、あまりの唐突さにちょいとひいてしまうぐらいである。
 かたやヒロイン格の女性は、新田とのロマンスや三角関係といった適度な読者サービス要員にもなっており(この辺も二時間サスペンスドラマっぽい)、新田とのバランスを考えると少々座りが悪い感じ。まあ、ここは個人的な好みも入っているので。そこまで気にするほどでもないけれど。

 というわけで、二時間サスペンスドラマ風とはいっても、非常に上質な二時間サスペンスドラマ。リーダビリティも高く、まずは安心してオススメできる一作である。

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Comments
 
ksbcさん

おお、『不連続殺人事件』! いいですねぇ。
偶然ですが、実は私も最近、なぜか読み直したくなって、ちょうど家の中を探していたところです。前に読んだのは学生時代なので、もう内容もほとんど覚えていませんから、けっこう新鮮に読めそうで(苦笑)。
 
そうですね。
実は、近所の古書店でゲットした坂口安吾「不連続殺人事件」に
取り掛かったところです。
かなり前に読んではいますが、やすかったので…。
 
KSBCさん

大作感はないですが、笹沢左保の職人的な良さがよく出ている一作です。まだ気になる作品がけっこうあるので、私もまだしばらくは読み続けるつもりです。
でも多岐川恭とか梶龍雄とか中町信とかも読まなきゃいけないし、どうにも時間が足りないですねぇ。
 
こんばんは。
ほっほ〜、こちらも読んでみます。
 
根岸鴨さん

犯人の闇もそうですが、被害者の闇も強烈で、なかなか印象深い作品です。
ただ、主人公にはあそこまでの闇を与えなくてもよいのでは、と思いました。
 
こんばんは。
主人公も犯人も抱えていた闇が非常に重いですよね。ロス・マクドナルドのハードボイルドっぽいというか、初期の法月綸太郎に近いものがありますね。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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