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 論創ミステリ叢書から『吉野賛十探偵小説選』を読む。
 吉野賛十については名前だけはけっこう記憶に残っていて、それは無論、鮎川哲也の『幻の探偵作家を求めて』に取り上げられていたからなのだが、実際のところ、これまで読んでいるのはおそらく短編「鼻」一作しかない。
 それもそのはず。吉野賛十の探偵小説がまとめられたのは本書が初。しかも「鼻」以外はアンソロジーに収録されたこともないようで、つまり本書に採られている作品は「鼻」以外すべて単行本初収録なのである。
 論創ミステリ叢書ではそれほど珍しくもないことだが、これ一冊で「吉野賛十探偵小説全集」というわけで、毎度のことながら感謝感激である。

 さて、吉野賛十は商業デビューこそ探偵小説の「ロオランサンの女の事件」だったが、その後は純文学中心に同人活動などを行なっていた。上で「吉野賛十の探偵小説がまとめられたのは本書が初」などと書いたが、純文学の著書としてはすでにこの時期にいくつかあり、作家としては比較的、順調な歩みだったようだ。
 だが戦争の影響で執筆から離れてしまい、戦後は商業高校や盲学校の教師として働く。そして1950年代の前半ごろ、木々高太郎と知り合ったことをきっかけに、探偵小説で作家としての再スタートをきるのである。

 吉野賛十探偵小説選

「ロオランサンの女の事件」
「鼻」
「顔」
「耳」
「指」
「声」
「二又道」
「不整形」
「落胤の恐怖」
「悪の系譜」
「北を向いている顔」
「五万円の小切手」
「それを見ていた女」
「レンズの蔭の殺人」
「犯人は声を残した」
「魔の大烏賊」
「宝石」
「三人は逃亡した」
「盲目夫婦の死」
「蛇」
「死体ゆずります」
「走狗」

 収録作は以上。
 吉野賛十の作品の特徴は、なんといっても盲人を扱った作品が多いことで、これはもちろん盲学校での教職経験が大きく活きているといっていいだろう。
 探偵役に盲目の花輪正一を起用したシリーズもあるが、盲目の探偵というと思い出すのが、まずアーネスト・ブラマの生んだマックス・カラドス。そのほかではベイナード・ケンドリックのダンカン・マクレーン、デイヴィッド・ローンのハーレックあたり。
 ただ、これらの探偵は目が見えないことから超人的な聴覚や勘のよさを身につけて、常人顔負けの活躍をするのに対し、本シリーズに登場する花輪正一は名探偵にはほど遠い。多少は勘のよさも見せるが基本は一般人であり、探偵役というよりは狂言回しに近いかもしれない。

 ただ、そういう主人公の位置付けが、むしろ効果的で面白いところでもある。
 たとえばマックス・カラドスあたりになると、作中では目が見えないことなどほとんど本筋に関係ないのだけれど、花輪正一ものでは目が見えないことがストレートに物語の中心に据えられ、そこから派生する謎や推理が生まれてくるといった按配。狙いの面白さや興味深さでは、花輪正一ものに軍配を上げたいところだ。
 盲人の心理や行動もさすがに詳しいし、作品にうユーモアとペーソスが入り混じった感じ、なんともいえないトホホな雰囲気がまた絶妙で、これが意外とクセになる(苦笑)。

 惜しむらくはミステリとしての出来がそれほどでもないところだが、当時だからこそ書けた、日本の探偵小説史上でも稀有なシリーズということで、やはり探偵小説マニアとしては押さえておきたい一冊だろう。


テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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