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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

江戸川乱歩『明智小五郎事件簿XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」』(集英社文庫)

 江戸川乱歩の『明智小五郎事件簿XII「悪魔の紋章」「地獄の道化師」』を読む。名探偵・明智小五郎の活躍を物語発生順に紹介するシリーズも遂にこれが最終巻である。

 明智小五郎事件簿XII

 まずは「悪魔の紋章」からいこう。
 法医学の権威、宗像隆一郎博士が探偵業に手を染めるようになって数年。めきめきと頭角を現し、いまや明智小五郎と並んでその名を知られるようになったが、そんな宗像のもとへ脅迫状に悩まされる川手という実業家から調査依頼が舞いんでいた。
 ところが内偵に送り出していた宗像の助手、川手の娘らが次々に惨殺され、その現場には常に謎の“三重渦状紋”が残されて……という一席。

 子供の頃に読んだときは、犯人の手がかりであり、挑戦状でもある“三重渦状紋”というギミックに惹かれ、かなり楽しめた記憶があったのだが、いやあ今読むとこれはしんどい(苦笑)。
 といっても本作単品で読む分にはそれほど悪くもない。ストーリーは破天荒だし、どんでん返しの連発や明智と宗像の探偵対決など見どころも多い。
 問題はいかんせん焼き直しのネタが多すぎることだろう。そもそもが「明智小五郎事件簿」というシリーズで続けて読み進めてきたこともあって、ああ、あれはこの作品、これはこの作品にあったなというようなことが多すぎて、どうにも白ける。まあ、乱歩の通俗長編でそれをいってもしょうがないのだけれど、同じ通俗長編でも初期のほうがやはり読ませるのは確かだ。
 犯人の執着心というか執念も極端すぎていまひとつ納得しにくく、これはやはり凡作だろう。

 お次は「地獄の道化師」。
 池袋の踏切を横断しようとしていたオープンカーが車道を踏み外し、積んでいた石膏像が踏切に投げだされた。タイミング悪くそこへ列車がやってきて、石膏像は無残に砕かれてしまう。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。その石膏像の中から人間の死体が発見されたのである。
 そのニュースを聞いて警察署に野上あい子と名乗る女性が現れた。もしかすると死体は自分の姉・みや子ではないかというのだ。右腕の傷跡からまさしく死体がみや子であることを確認したあい子だったが、その日から彼女の周囲には不気味な道化師の影が……。

 謎解きという観点でみれば本作も「悪魔の紋章」と似たようなものでかなりの粗はあるのだけれど、それでも本作のほうが全然楽しめる。なんといっても犯人像が独特で、ぱっと見はけっこう似たような印象もあるのだけれど、実は動機や犯行の数々がこれまでの乱歩の猟奇ものとは微妙に一線を画している。
 あまり乱歩の作品の中ではフィーチャーされることがない本作だが、もう少し見直されてもよのではないか。

 というわけで、ようやく「明智小五郎事件簿」全作読了である。
 このシリーズの良さは、明智ものを物語内の時間軸で読み進めるという楽しさにあるのだが、個人的にはこれをきっかけに明智ものを再読できたことに感謝したい。子供の頃にほとんど読んでいたのでそれっきりになっていた作品も多かったのだが、あらためて大人の目で読むと、その印象はずいぶん違っているものもあったし、逆にまったく記憶が色褪せていないものもあったり、実に楽しい再読体験だった。
 また、巻末の“明智小五郎年代記(クロニクル)”の考証も本シリーズの楽しみのひとつであった。それこそ推理していく楽しさを感じることもできるし、また当時の風俗紹介等も作品理解の一助として有効だろう。
 惜しむらくは本シリーズが戦前の作品だけで完結してしまっていることか。できれば第二期を期待したいところなのだが、大半が子供向けになってしまうし、戦後の作品でそれをやるとかなりカオスになるらしいということをどこかで聞いたこともある。
 ただ、本書には巻末に戦後分の年表も載っているので、個人的に読み進めることは一応可能のようだ。せっかくここまで読んだからには、大人向けだけでも読んでみるかね。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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