- Date: Sat 14 04 2018
- Category: 国内作家 日影丈吉
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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日影丈吉『内部の真実』(創元推理文庫)
日影丈吉の長編はまだいくつか読み残しがあるのだが、実は傑作の呼び声も高い『内部の真実』を読み忘れていた。昨年の暮れに創元推理文庫版が出て未読であることに気がつき(全集をもっているというのになんという体たらく)、ようやく読了した次第である。
こんな話。
舞台は太平洋戦争末期の台湾。そこで日本軍人同士の決闘騒ぎが起こる。一方の苫曹長は銃殺され、もう一方の名倉という兵隊は頭部を殴打され、意識不明の状態だった。名倉の銃で苫曹長が撃たれたのなら話は単純だったが、状況証拠がそれを許さなかった。現場には拳銃が二丁残されており、名倉の銃は未装填、苫曹長のそばに落ちていた銃は一発だけ発射された跡があるが、どちらにも指紋が残っていなかったのだ。さらには現場にはもう一人いたのではないかという疑惑も浮かび上がり……。

おお、いいぞ。戦時中の台湾に駐屯していた日本軍という設定を見事に生かした傑作である。
戦争を扱うミステリともなれば、題材ゆえの重さのせいか、たいていは謎解き的楽しみが控えめになりがちだ。ご法度というほどでもないだろうが、戦争という深刻なテーマが他のアプローチを許してくれないというか。つまり戦争を描くのであれば、きちんと戦争の悲惨さ愚かさも描くべきというイメージがあり、単にミステリの味付けや娯楽のためだけには扱いにくいのである。
ただ、これはあくまで日本における話であり、欧米のミステリではこのへんのこだわりはいたって緩い。というかないも同然である。文化の違いは大きいのだろうが、まあ、やっぱり日本人は真面目すぎるのだろう。
とはいえ日本でも戦争を実際に体験した世代の作家に関しては、この限りではない。やはり作家の側に強固なバックボーンがあるからだろう。戦時中は探偵小説そのものが壊滅状態だったけれど、戦後に復活した作家はけっこう戦争を題材にとることも多く、それらの作品の中には、戦争を扱いながら徹底した娯楽重視のミステリも少なくない。
『内部の真実』はまさにそういう分野を代表する作品なのである。
物語は小高軍曹という兵士の手記の形をとって語られる。基本的にはアリバイや証拠品の謎などが捜査の中心になるので、筋だけ追えばオーソドックスなものだが、この小高軍曹の手記というフィルターが曲者である。
小高軍曹は序盤はいたって存在感の薄い人物で、手記とはいえほとんど三人称に近い感じである。派遣されてきた捜査班の動きを客観的に述べるにとどまっているが、容疑がある女性に目を向けられるあたりから様子が変わってくる。女性の容疑を晴らすべく、小高自身が一気に前面に躍り出て探偵役を務めることになるのである。
さらには女性の容疑が晴れるものの、それは小高自身が容疑者となってしまったからで、以後は捜査班の勝永伍長が探偵役となって捜査を進めるという具合。しかもこの間も小高軍曹が語り手というスタイルは変わらない。
読者もこれはいわゆる“信頼できない語り手”だろうと想像がつくものの、その真意は非常に見えづらく、そのなかで繰り返される推理はいい意味で混沌としており、非常に酔うことができた。
本書の解説にもあるのだが、ところどころにアンフェアというか疵もあるのだけれど、異国情緒や切ない恋愛ドラマなども加味すれば、トータルでは十分に満足できる一冊。おすすめ。
こんな話。
舞台は太平洋戦争末期の台湾。そこで日本軍人同士の決闘騒ぎが起こる。一方の苫曹長は銃殺され、もう一方の名倉という兵隊は頭部を殴打され、意識不明の状態だった。名倉の銃で苫曹長が撃たれたのなら話は単純だったが、状況証拠がそれを許さなかった。現場には拳銃が二丁残されており、名倉の銃は未装填、苫曹長のそばに落ちていた銃は一発だけ発射された跡があるが、どちらにも指紋が残っていなかったのだ。さらには現場にはもう一人いたのではないかという疑惑も浮かび上がり……。

おお、いいぞ。戦時中の台湾に駐屯していた日本軍という設定を見事に生かした傑作である。
戦争を扱うミステリともなれば、題材ゆえの重さのせいか、たいていは謎解き的楽しみが控えめになりがちだ。ご法度というほどでもないだろうが、戦争という深刻なテーマが他のアプローチを許してくれないというか。つまり戦争を描くのであれば、きちんと戦争の悲惨さ愚かさも描くべきというイメージがあり、単にミステリの味付けや娯楽のためだけには扱いにくいのである。
ただ、これはあくまで日本における話であり、欧米のミステリではこのへんのこだわりはいたって緩い。というかないも同然である。文化の違いは大きいのだろうが、まあ、やっぱり日本人は真面目すぎるのだろう。
とはいえ日本でも戦争を実際に体験した世代の作家に関しては、この限りではない。やはり作家の側に強固なバックボーンがあるからだろう。戦時中は探偵小説そのものが壊滅状態だったけれど、戦後に復活した作家はけっこう戦争を題材にとることも多く、それらの作品の中には、戦争を扱いながら徹底した娯楽重視のミステリも少なくない。
『内部の真実』はまさにそういう分野を代表する作品なのである。
物語は小高軍曹という兵士の手記の形をとって語られる。基本的にはアリバイや証拠品の謎などが捜査の中心になるので、筋だけ追えばオーソドックスなものだが、この小高軍曹の手記というフィルターが曲者である。
小高軍曹は序盤はいたって存在感の薄い人物で、手記とはいえほとんど三人称に近い感じである。派遣されてきた捜査班の動きを客観的に述べるにとどまっているが、容疑がある女性に目を向けられるあたりから様子が変わってくる。女性の容疑を晴らすべく、小高自身が一気に前面に躍り出て探偵役を務めることになるのである。
さらには女性の容疑が晴れるものの、それは小高自身が容疑者となってしまったからで、以後は捜査班の勝永伍長が探偵役となって捜査を進めるという具合。しかもこの間も小高軍曹が語り手というスタイルは変わらない。
読者もこれはいわゆる“信頼できない語り手”だろうと想像がつくものの、その真意は非常に見えづらく、そのなかで繰り返される推理はいい意味で混沌としており、非常に酔うことができた。
本書の解説にもあるのだが、ところどころにアンフェアというか疵もあるのだけれど、異国情緒や切ない恋愛ドラマなども加味すれば、トータルでは十分に満足できる一冊。おすすめ。
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おお、ベスト3ですか!
でも確かにそれぐらいプッシュされても問題ない作品ですね。
私もこれを読んでいなかったのは不覚でした。