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楠田匡介『いつ殺される』(河出文庫)
順調にシリーズ展開が進む〈KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉から、本日は楠田匡介の『いつ殺される』を読む。原本は春陽堂書店の〈長篇探偵小説全集〉として刊行されているため、比較的、楠田作品の中では知られているほうだろう。
まずはストーリーから。
糖尿病とそこからきた足の神経痛で入院することになった作家の津野田。だが、その病室は幽霊が出るという曰くつきの部屋で、職員や看護婦がみな詳しいことを話したがらない。ようやく医師たちからの聞き取りで津野田が知ったのは、数ヶ月前に起こったある役人の横領・心中事件であった。
農林省の若い事務官が八千万円を横領し、発覚を恐れて恋人と心中を図るという事件が起こった。二人はまさに津野田が入っている病室に担ぎ込まれたが、男はまもなく死亡し、女は一命を取り止めたものの病室を抜け出して、近くの川で入水自殺したのである。幽霊は、八千万円に未練を残すその女ではないかという話だった。
津野田はもちろん幽霊などは信じず、むしろ、その八千万円の手がかりを探そうとしている誰かが幽霊と間違われているのではと考える。妻や友人の石毛警部らと推理をめぐらす津野田だったが、やがて津野田の身にも危険が迫ってくる……。

注目したい点はいくつかあるけれど、まずはストーリー構成が面白い。本作ではシリーズ探偵の田名網警部も登場するものの、主人公格としては作家の津野田とその友人の石毛警部のお二人。で、前半は津野田を中心とした文字どおりのベッド・ディテクティヴ=安楽椅子探偵で進行する。ただし単なるベッド・ディテクティヴではなく、津野田にも危険が迫るにつれ、次第にサスペンス色も濃厚になるのがミソ。ちなみに『いつ殺される』というタイトルは、この津野田の状況を表しており、読んでいただければわかるだろうが、けっこう考えられたタイトルなのである。
そして後半は一転して、石毛警部による足の捜査が中心。こちらはクロフツを彷彿とさせる展開で、つまり本書は大きく前後半でスタイルを変える二部構成をとっているわけである。この構成が目先を変えるためだけのものではなく、実は別の大きな意味を持っているのだが、それを書くと興醒めなのでここでは伏せておこう。
もうひとつ注目したいのは、やはりトリックの多さ。トリックマニアの著者らしく、いろいろと詰め込んでおり、正直どれも小粒な感はあるのだけれど、著者の意欲がひしひしと伝わってきてよい。
そのほかではキャラクターの造形も悪くない。作家の津野田と奥さんのやりとりは微笑ましく、石毛警部との関係性もゆるくていい感じである。後半の石毛パートへの転換、それは同時にシリアスへの転調にもなっているのだが、前半の雰囲気もあってそれがかなり効果的にできている印象だ。
前半のやや冗長としたところ(これは上に書いたゆるい雰囲気のせいもあるのだが)、後半は逆にごちゃごちゃした展開が気になるところではあるのだが、まずは全体的には楽しめる一冊。
傑作とまではいかないが、著者の工夫がいろいろと盛り込まれた力作であることは確かだ。
しかしまあ、河出文庫からこういう本が続々と出る状況はすごいとしか言いようがない。
創元とか論創みたいにもともとニッチなところで勝負している出版社ならともかく、河出は一応硬軟織り交ぜた総合的な出版社だ。しかも大下宇陀児や甲賀三郎、木々高太郎という戦前の大御所作家あたりなら少しは“売り”を明確にできるけれど、楠田匡介ぐらいだと知名度はさらに落ちる。ビジネスとしてかなり難しいのは想像に難くない。
まあ、〈KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉の場合、論創社とは違ってかなり不規則だし、刊行の間隔も空いているので、比較的続けやすい環境にはあるのだろうが、ぜひ今後も気張らずにゆるゆると続けてもらいたいものである。
まずはストーリーから。
糖尿病とそこからきた足の神経痛で入院することになった作家の津野田。だが、その病室は幽霊が出るという曰くつきの部屋で、職員や看護婦がみな詳しいことを話したがらない。ようやく医師たちからの聞き取りで津野田が知ったのは、数ヶ月前に起こったある役人の横領・心中事件であった。
農林省の若い事務官が八千万円を横領し、発覚を恐れて恋人と心中を図るという事件が起こった。二人はまさに津野田が入っている病室に担ぎ込まれたが、男はまもなく死亡し、女は一命を取り止めたものの病室を抜け出して、近くの川で入水自殺したのである。幽霊は、八千万円に未練を残すその女ではないかという話だった。
津野田はもちろん幽霊などは信じず、むしろ、その八千万円の手がかりを探そうとしている誰かが幽霊と間違われているのではと考える。妻や友人の石毛警部らと推理をめぐらす津野田だったが、やがて津野田の身にも危険が迫ってくる……。

注目したい点はいくつかあるけれど、まずはストーリー構成が面白い。本作ではシリーズ探偵の田名網警部も登場するものの、主人公格としては作家の津野田とその友人の石毛警部のお二人。で、前半は津野田を中心とした文字どおりのベッド・ディテクティヴ=安楽椅子探偵で進行する。ただし単なるベッド・ディテクティヴではなく、津野田にも危険が迫るにつれ、次第にサスペンス色も濃厚になるのがミソ。ちなみに『いつ殺される』というタイトルは、この津野田の状況を表しており、読んでいただければわかるだろうが、けっこう考えられたタイトルなのである。
そして後半は一転して、石毛警部による足の捜査が中心。こちらはクロフツを彷彿とさせる展開で、つまり本書は大きく前後半でスタイルを変える二部構成をとっているわけである。この構成が目先を変えるためだけのものではなく、実は別の大きな意味を持っているのだが、それを書くと興醒めなのでここでは伏せておこう。
もうひとつ注目したいのは、やはりトリックの多さ。トリックマニアの著者らしく、いろいろと詰め込んでおり、正直どれも小粒な感はあるのだけれど、著者の意欲がひしひしと伝わってきてよい。
そのほかではキャラクターの造形も悪くない。作家の津野田と奥さんのやりとりは微笑ましく、石毛警部との関係性もゆるくていい感じである。後半の石毛パートへの転換、それは同時にシリアスへの転調にもなっているのだが、前半の雰囲気もあってそれがかなり効果的にできている印象だ。
前半のやや冗長としたところ(これは上に書いたゆるい雰囲気のせいもあるのだが)、後半は逆にごちゃごちゃした展開が気になるところではあるのだが、まずは全体的には楽しめる一冊。
傑作とまではいかないが、著者の工夫がいろいろと盛り込まれた力作であることは確かだ。
しかしまあ、河出文庫からこういう本が続々と出る状況はすごいとしか言いようがない。
創元とか論創みたいにもともとニッチなところで勝負している出版社ならともかく、河出は一応硬軟織り交ぜた総合的な出版社だ。しかも大下宇陀児や甲賀三郎、木々高太郎という戦前の大御所作家あたりなら少しは“売り”を明確にできるけれど、楠田匡介ぐらいだと知名度はさらに落ちる。ビジネスとしてかなり難しいのは想像に難くない。
まあ、〈KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉の場合、論創社とは違ってかなり不規則だし、刊行の間隔も空いているので、比較的続けやすい環境にはあるのだろうが、ぜひ今後も気張らずにゆるゆると続けてもらいたいものである。
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KSBCさん
そうですね。いつまで続くか気になるところですが、これぐらいのペースなら他の文庫の売り上げでフォローできそうな気もしますし(笑)、河出は「本格ミステリコレクション」という実績もあるので、ぜひ担当編集さんには頑張ってほしいですね。
Posted at 00:16 on 05 29, 2018 by sugata