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E・T・A・ホフマン『砂男/クレスペル顧問官』(光文社古典新訳文庫)
久しぶりにオーソドックスな幻想文学でもと思い、ホフマンの『砂男/クレスペル顧問官』を読む。ちなみにこの「砂男」は探偵小説作家・大坪砂男のペンネームの由来でもある。

Der Sandmann「砂男」
Rat Krespel「クレスペル顧問官」
Die Abenteuer der Sylvesternacht「大晦日の夜の冒険」
「砂男」は今までにも何度か読んでいるが、今回は光文社古典新訳文庫のもの。収録作は以上三作である。
何を今さらではあるのだが、やはり「砂男」はいい。最近ではサイコ・ホラーの元祖ともいわれているらしいが、超自然現象と狂気、どちらともとれる作り、この曖昧さが実に気持ち悪くてよろしいのである。
砂男とは、眠らない子供の目に砂をかけて目玉を奪っていくという伝説上の妖精のようなもので、主人公ナターナエルは父親のもとを度々訪れていた奇怪な弁護士コッペリウスに砂男とイメージをかぶらせている。そしてあるとき、父はコッペリウスと会っている最中に爆発によって命を落とし、ナターナエルの心に深い影を落とす。やがて青年となったエターナエルだが、彼の下宿にコッペリウスにそっくりの晴雨計売りコッポラという男が現れ……という物語。
ここまでの話であれば、まあ、よくあるパターン。実はこのあとの後半がかなり意表を突くもので、変格探偵小説好きにも見逃せない展開ではないだろうか。ナターナエルの体験は精神疾患からくる幻想なのか、あるいは事実起きていることなのか。ナターナエルが狂気にますます囚われてゆくさまは、(こういう表現が適切かどうかはわからぬが)ヤク中の負のサイクルのようにも思えて怖い。
砂男をはじめ、作品の中に現れるモチーフがさまざまなイメージを想起させ、深読み好き読者の入門書としても格好の一作である。
「クレスペル顧問官」もなかなかよい。
根っからの変人として知られるクレスペル顧問官。ある夜のこと、そんなクレスペルの家から素晴らしいバイオリンの音色と世にも美しい女性の歌声が聞こえてきた。町の人間が思わず外で聞き惚れていると、その後に激しく争うクレスペルともうひとりの男の声、そして叫ぶ女性の声が。やがて家からは若い男が泣きながら飛び出して去っていった。
いったい何が起こったのかという疑問もあったが、人々が忘れられないのは女性——クレスペルの娘の歌声だった。主人公の“わたし”はどうしてもその歌声を聴きたいが、クレスペルは絶対にそれを許さなかった……。
芸術のもつ力の可能性を幻想的に描いた作品。その真相が明かされるクレスペルの回顧談が興味深く、こちらは「砂男」以上にミステリ的な興味——あの夜にいったい何が起こったのか——そういう視点でも楽しめる。
幻想味は少ないが、クレスペルというキャラクターの破天荒ぶりがとにかく面白く、前半の家を建てるシーンが気に入ったらあとは一気読み。
ラストは「大晦日の夜の冒険」。主人公が酒場で出会った男たちは美女ジュリエッタに魅入られた男たちだった。彼らはジュリエッタを愛する代償として、自らの胸像や影を渡してしまう……。
本書中でも一番、幻想小説らしい幻想小説。物語としてもストレートで、単純な不気味さでも一番だろう。ただ、逆にクセがないというか、味の部分で他のニ作に一歩譲るか。
とはいえ方向性の異なる三つの作品が楽しめ、満足度は高い一冊。オペラ『ホフマン物語』の原作となった三作品ということのようで、機会があれば、そちらもぜひ一度鑑賞してみたいものだ(どうやらDVDにもなっているらしい)。

Der Sandmann「砂男」
Rat Krespel「クレスペル顧問官」
Die Abenteuer der Sylvesternacht「大晦日の夜の冒険」
「砂男」は今までにも何度か読んでいるが、今回は光文社古典新訳文庫のもの。収録作は以上三作である。
何を今さらではあるのだが、やはり「砂男」はいい。最近ではサイコ・ホラーの元祖ともいわれているらしいが、超自然現象と狂気、どちらともとれる作り、この曖昧さが実に気持ち悪くてよろしいのである。
砂男とは、眠らない子供の目に砂をかけて目玉を奪っていくという伝説上の妖精のようなもので、主人公ナターナエルは父親のもとを度々訪れていた奇怪な弁護士コッペリウスに砂男とイメージをかぶらせている。そしてあるとき、父はコッペリウスと会っている最中に爆発によって命を落とし、ナターナエルの心に深い影を落とす。やがて青年となったエターナエルだが、彼の下宿にコッペリウスにそっくりの晴雨計売りコッポラという男が現れ……という物語。
ここまでの話であれば、まあ、よくあるパターン。実はこのあとの後半がかなり意表を突くもので、変格探偵小説好きにも見逃せない展開ではないだろうか。ナターナエルの体験は精神疾患からくる幻想なのか、あるいは事実起きていることなのか。ナターナエルが狂気にますます囚われてゆくさまは、(こういう表現が適切かどうかはわからぬが)ヤク中の負のサイクルのようにも思えて怖い。
砂男をはじめ、作品の中に現れるモチーフがさまざまなイメージを想起させ、深読み好き読者の入門書としても格好の一作である。
「クレスペル顧問官」もなかなかよい。
根っからの変人として知られるクレスペル顧問官。ある夜のこと、そんなクレスペルの家から素晴らしいバイオリンの音色と世にも美しい女性の歌声が聞こえてきた。町の人間が思わず外で聞き惚れていると、その後に激しく争うクレスペルともうひとりの男の声、そして叫ぶ女性の声が。やがて家からは若い男が泣きながら飛び出して去っていった。
いったい何が起こったのかという疑問もあったが、人々が忘れられないのは女性——クレスペルの娘の歌声だった。主人公の“わたし”はどうしてもその歌声を聴きたいが、クレスペルは絶対にそれを許さなかった……。
芸術のもつ力の可能性を幻想的に描いた作品。その真相が明かされるクレスペルの回顧談が興味深く、こちらは「砂男」以上にミステリ的な興味——あの夜にいったい何が起こったのか——そういう視点でも楽しめる。
幻想味は少ないが、クレスペルというキャラクターの破天荒ぶりがとにかく面白く、前半の家を建てるシーンが気に入ったらあとは一気読み。
ラストは「大晦日の夜の冒険」。主人公が酒場で出会った男たちは美女ジュリエッタに魅入られた男たちだった。彼らはジュリエッタを愛する代償として、自らの胸像や影を渡してしまう……。
本書中でも一番、幻想小説らしい幻想小説。物語としてもストレートで、単純な不気味さでも一番だろう。ただ、逆にクセがないというか、味の部分で他のニ作に一歩譲るか。
とはいえ方向性の異なる三つの作品が楽しめ、満足度は高い一冊。オペラ『ホフマン物語』の原作となった三作品ということのようで、機会があれば、そちらもぜひ一度鑑賞してみたいものだ(どうやらDVDにもなっているらしい)。