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横溝正史『雪割草』(戎光祥出版)
横溝正史の『雪割草』を読む。地方紙に連載され、七十年以上もその存在が埋もれていた幻の長編作品である。
時局にふさわしくないという理由で、探偵小説が書けなくなった第二次大戦中のこと。正史は捕物帳などに活路を見出していたが、同じ頃に本作のような普通小説も執筆していた。地方紙での掲載、戦時中という状況が本作を幻の作品にしてしまったようだが、地方紙とはいえ半年にわたって連載された作品がなぜこれまで研究者の調べでも引っかからなかったのか、そちらもけっこうミステリアスな話だが、とりあえずこうして復刊されたのは実におめでたい話である。
信州は諏訪。地元の有力者である緒方順造の一人娘・有爲子は、旅館鶴屋の息子・雄司との婚約を突然解消される。有爲子が順造の実の娘ではないことがその理由であり、有爲子もまたその事実に呆然とする。悪いことは続くもので、順造は怒りから脳出血に倒れ、そのまま息を引き取ってしまう。
有爲子は順造が残した手紙をもとに、東京のある人物を訪ねることにしたが……。

これで内容が少しでも探偵小説的であれば最高だったのだが、さすがにそれはなかった。本作は純粋に普通小説あるいは家庭小説というようなものであり、そういう面での楽しみはないのだけれど、正史の職人魂というか、センスの良さはひしひしと感じることができる。
主人公のヒロインを待ち受ける数々の困難。ときに挫けそうになりながらも周囲の人々の協力もあってそれを克服し、徐々に立ち直ってゆく姿。まさに「おしん」を彷彿とさせる朝の連続ドラマ風でもあり、花登筐の根性ものを思い出せるところもあるけれど、この手の小説を初めて書いたはずの正史が、意外とそつなくまとめていることに驚く。特に中盤までのスピーディーな展開はなかなか達者なもので、このあたりはやはり探偵小説のプロット作りが生かされているのだろう。
ただ、この手の物語は風呂敷を広げすぎて終盤にまとめきれないことが往往にしてあるもので、正直、本作もその嫌いはあるのが惜しい。それまでのハードルが、ヒロインの特に大きなアプローチもないままにいろいろと解決してしまうのである。その点で大きな爽快感はないのだけれど、時局を考えるとそこまで颯爽としたヒロインを望むのは贅沢というものだろう。
むしろ探偵小説ファンとして興味深いのは、本作の登場人物、画家の青年・賀川仁吾の存在か。これは解説でも詳しく触れられているところだが、その風貌が金田一耕助と似ていることがひとつ。そしてもうひとつは病や創作に対する苦悩が正史その人を反映したものではないかということ。
特に後者は、仁吾の口を借りて正史が心情を吐露しているようなところも数多くあり、本作の一番の読みどころだろう。
内容が内容なので、今わざわざ一般の人に推すようなものでもないのだけれど、そういった正史の創作に対する姿勢の一端に触れることができるのは貴重だし、さらには本書が発掘された経緯や正史の次女・野本瑠美氏の寄稿など、周辺の情報も含めて本書はファン必携の一冊といえるだろう。
時局にふさわしくないという理由で、探偵小説が書けなくなった第二次大戦中のこと。正史は捕物帳などに活路を見出していたが、同じ頃に本作のような普通小説も執筆していた。地方紙での掲載、戦時中という状況が本作を幻の作品にしてしまったようだが、地方紙とはいえ半年にわたって連載された作品がなぜこれまで研究者の調べでも引っかからなかったのか、そちらもけっこうミステリアスな話だが、とりあえずこうして復刊されたのは実におめでたい話である。
信州は諏訪。地元の有力者である緒方順造の一人娘・有爲子は、旅館鶴屋の息子・雄司との婚約を突然解消される。有爲子が順造の実の娘ではないことがその理由であり、有爲子もまたその事実に呆然とする。悪いことは続くもので、順造は怒りから脳出血に倒れ、そのまま息を引き取ってしまう。
有爲子は順造が残した手紙をもとに、東京のある人物を訪ねることにしたが……。

これで内容が少しでも探偵小説的であれば最高だったのだが、さすがにそれはなかった。本作は純粋に普通小説あるいは家庭小説というようなものであり、そういう面での楽しみはないのだけれど、正史の職人魂というか、センスの良さはひしひしと感じることができる。
主人公のヒロインを待ち受ける数々の困難。ときに挫けそうになりながらも周囲の人々の協力もあってそれを克服し、徐々に立ち直ってゆく姿。まさに「おしん」を彷彿とさせる朝の連続ドラマ風でもあり、花登筐の根性ものを思い出せるところもあるけれど、この手の小説を初めて書いたはずの正史が、意外とそつなくまとめていることに驚く。特に中盤までのスピーディーな展開はなかなか達者なもので、このあたりはやはり探偵小説のプロット作りが生かされているのだろう。
ただ、この手の物語は風呂敷を広げすぎて終盤にまとめきれないことが往往にしてあるもので、正直、本作もその嫌いはあるのが惜しい。それまでのハードルが、ヒロインの特に大きなアプローチもないままにいろいろと解決してしまうのである。その点で大きな爽快感はないのだけれど、時局を考えるとそこまで颯爽としたヒロインを望むのは贅沢というものだろう。
むしろ探偵小説ファンとして興味深いのは、本作の登場人物、画家の青年・賀川仁吾の存在か。これは解説でも詳しく触れられているところだが、その風貌が金田一耕助と似ていることがひとつ。そしてもうひとつは病や創作に対する苦悩が正史その人を反映したものではないかということ。
特に後者は、仁吾の口を借りて正史が心情を吐露しているようなところも数多くあり、本作の一番の読みどころだろう。
内容が内容なので、今わざわざ一般の人に推すようなものでもないのだけれど、そういった正史の創作に対する姿勢の一端に触れることができるのは貴重だし、さらには本書が発掘された経緯や正史の次女・野本瑠美氏の寄稿など、周辺の情報も含めて本書はファン必携の一冊といえるだろう。
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