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 今週は終戦記念日をまたいだこともあって、久生十蘭の戦争小説『内地へよろしく』を読む。
 戦時中、久生十蘭は海軍報道班として南方に派遣された経験があり、そのときの経験をもとに帰国後、「週刊毎日」に連載されたのが『内地へよろしく』である。時期としては太平洋戦争後期、1944年の夏。サイパンが陥落し、その後マリワナ沖海戦でも大敗し、西太平洋での制空権を完全に奪われ、いよいよ戦局が悪化してくる頃である。

 作者の分身とも思しき海軍報道班員の画家・松久三十郎。最前線の海軍警備隊の働きに心惹かれ、彼らの労苦の日々をこの目に焼き付けたいと、自ら志願して太平洋に浮かぶ日本最南端の領土へ向かう。そこでの兵士たちは毎日のように敵の攻撃に悩まされながらも、あくまで明るく前向きであった。
 そんなある日、彼らが文通している内地の女性が悩んでいることを知り……。

 内地へよろしく

 戦況が悪くなる一方のなか、松久三十郎を狂言回しとして、戦時中の人々の姿を描く戦争小説である。だが、通常の戦記ものとは違い、十蘭の筆致はあくまで優しく、ユーモアを忘れない。登場する人々——前線の兵士だけでなく、自ら戦地に赴き、軍に協力しようとする一般人、あるいは内地に残って後方から支える人々——そんな彼らの姿は、戦況に反比例してどこまでも明るく、魅力的に描かれている。
 同時代の実体験をベースにしているとはいえ、戦時に書かれた小説なのでもちろん反戦的な内容であるはずがなく、ここまで心豊かに生きられるはずもないだろう。実際はもっと悲惨な状況もあったはずだ。当然そのあたりはかなり差し引いてみなければならないのだが、結局はそんな彼らでさえも戦争の悲惨さから逃れられない。だからこそよけいに当時の兵士や市井の人々の純粋さに胸を打たれるのだ。
 そこには単なる戦意高揚ものの小説とは異なる、十蘭ならではの人間賛歌が溢れている。

 また、本作は戦争小説ではあるのだが、最終章のラスト一行で思いもよらない記述がある。実に探偵小説的ともいえるこの一文が十蘭の意図をより強く深いものにしており、しばらくは呆然としてしまったほどだ。
 この衝撃も含めて、本作は十蘭を語るうえで忘れてはならない一冊といえるだろう。

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テーマ:推理小説・ミステリー - ジャンル:本・雑誌




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