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ジョー・イデ『IQ』(ハヤカワ文庫)
ジョー・イデの『IQ』を読む。今年の六月にハヤカワ文庫から出たミステリだが、原作は2017年度のアンソニー賞、マカヴィティ賞、シェイマス賞の最優秀新人賞を総なめにし、さらにはMWAとCWAの最優秀新人賞にもノミネートされたという鳴り物入りの一冊。発売当時のミステリマガジンでも猛プッシュしていた記憶もあるし、ネットでの評判もなかなかよいようだ。
まずはストーリー。ロサンゼルスに暮らす黒人の青年アイゼイア・クィンターベイ。彼は探偵だが、正式なライセンスを所持しているわけではない。困りごとがある街の人々のため、ほぼ無償で事件を解決しているのだ。名前の頭文字、そして何よりその頭脳の鋭さから、皆は彼を“IQ”と読んだ。
そんなあるとき、大金が必要になったIQは、高校時代からの悪友ドッドソンを通じて仕事を引き受ける。それは殺し屋に狙われている有名ラップ・ミュージシャン、カルの命を守ることだったが……。

おお、各所での評判もむべなるかな。まずは一級のノワールもしくはハードボイルドといってよいだろう。
いろいろな見方はあるだろうが、大きいところではやはりストーリーの面白さがある。
実は本作、アイゼイアがラッパーの事件を追う現代のパートと、アイゼイアがどうして探偵になったのかという過去のパート、この二つが交互に語られる構成となっている。まあ、こういう趣向はそれほど珍しくもないのだが、とにかくリーダビリティが高い。
時系列的に異なるパートを交互に語る場合、過去パートが現代パートの種明かしになったりすることが多い。本作も基本的にはその方向性なのだが、ストーリーが一本につながる快感がある。いや、登場人物たちの因縁や関係が融合する快感といったほうがよいか。
特別、大きな仕掛けがあるわけではない。先に「ノワールもしくはハードボイルド」と書いたように、本作の肝は登場人物の心情や生き方にこそある。現代と過去、それぞれのパートがラストでつながることで、よりそういう面が際立つのである。とりわけアイゼイアとその相棒ドッドソンの関係性、あるいはアイゼイアと亡き兄の絆は感動的だ。
登場人物といえば、主人公アイゼイアの複雑なキャラクターも本書の大きな魅力だ。自信家でどこか醒めたところもあるアイゼイア。彼の最大の武器は、その類い希なる知能である。
だが、それだけの頭脳がありながら、彼はもっぱら街の人々を助けることに専心し、名声は高いものの、大金とは無縁の生活である。その理由がどうやら重大な障害をもつ入院中の少年にあることは推測できるものの、詳しい理由は明らかにされないまま物語は進む。
そんなアイゼイアのあれこれが過去パートによって明らかになる。クールな仮面の下にはいくつもの悲しみが隠されていることがわかり、それがまたこちらの胸に染みてくるのだ。
といっても本作はただ重いだけの話、感動させるだけの話ではない。アクションもがっつり入るし、随所にコミカルな部分もある。特にアイゼイアとドットソンのやりとりはハラハラしながらも楽しく、物語のいいアクセントになっている。
この二人、始終ぶつかりあってはいるのだが、いわゆるツンデレ的な雰囲気もあり、という関係である。お約束な感じはやや強いのだけれど、それでもラストの二人には思わず胸が熱くなること請け合いである。
ということで、いろいろな楽しみ方ができる良質の作品であり、ミステリファンだけでなく広く読まれていい作品ではないだろうか。もちろん年末の各種ミステリベストテンには間違いなく入ってくるだろう。
なお、最後にひとつだけ苦情を。
カバーの裏表紙に書かれている「新たなる“シャーロック・ホームズ”の誕生」というのは、ううむ、本の売り方としてはどうなんだろう。
確かにアイゼイアのホームズばりの推理シーンは度々、見せ場としてあるのだけれど、本作においてはあくまで味つけどまりではないかな。推理によって事件の意外な真相が最後に明らかになるのであれば、そういう喩えも全然いいのだけれど、本作の根本的な興味はやはりそこではない。
著者のホームズ譚に対する思い入れがあり、それがIQやドットソン(ワトソン役)、推理の場面に取り入れられているのはわかるけれど、これはやはり編集者の勇み足だろう。
まずはストーリー。ロサンゼルスに暮らす黒人の青年アイゼイア・クィンターベイ。彼は探偵だが、正式なライセンスを所持しているわけではない。困りごとがある街の人々のため、ほぼ無償で事件を解決しているのだ。名前の頭文字、そして何よりその頭脳の鋭さから、皆は彼を“IQ”と読んだ。
そんなあるとき、大金が必要になったIQは、高校時代からの悪友ドッドソンを通じて仕事を引き受ける。それは殺し屋に狙われている有名ラップ・ミュージシャン、カルの命を守ることだったが……。

おお、各所での評判もむべなるかな。まずは一級のノワールもしくはハードボイルドといってよいだろう。
いろいろな見方はあるだろうが、大きいところではやはりストーリーの面白さがある。
実は本作、アイゼイアがラッパーの事件を追う現代のパートと、アイゼイアがどうして探偵になったのかという過去のパート、この二つが交互に語られる構成となっている。まあ、こういう趣向はそれほど珍しくもないのだが、とにかくリーダビリティが高い。
時系列的に異なるパートを交互に語る場合、過去パートが現代パートの種明かしになったりすることが多い。本作も基本的にはその方向性なのだが、ストーリーが一本につながる快感がある。いや、登場人物たちの因縁や関係が融合する快感といったほうがよいか。
特別、大きな仕掛けがあるわけではない。先に「ノワールもしくはハードボイルド」と書いたように、本作の肝は登場人物の心情や生き方にこそある。現代と過去、それぞれのパートがラストでつながることで、よりそういう面が際立つのである。とりわけアイゼイアとその相棒ドッドソンの関係性、あるいはアイゼイアと亡き兄の絆は感動的だ。
登場人物といえば、主人公アイゼイアの複雑なキャラクターも本書の大きな魅力だ。自信家でどこか醒めたところもあるアイゼイア。彼の最大の武器は、その類い希なる知能である。
だが、それだけの頭脳がありながら、彼はもっぱら街の人々を助けることに専心し、名声は高いものの、大金とは無縁の生活である。その理由がどうやら重大な障害をもつ入院中の少年にあることは推測できるものの、詳しい理由は明らかにされないまま物語は進む。
そんなアイゼイアのあれこれが過去パートによって明らかになる。クールな仮面の下にはいくつもの悲しみが隠されていることがわかり、それがまたこちらの胸に染みてくるのだ。
といっても本作はただ重いだけの話、感動させるだけの話ではない。アクションもがっつり入るし、随所にコミカルな部分もある。特にアイゼイアとドットソンのやりとりはハラハラしながらも楽しく、物語のいいアクセントになっている。
この二人、始終ぶつかりあってはいるのだが、いわゆるツンデレ的な雰囲気もあり、という関係である。お約束な感じはやや強いのだけれど、それでもラストの二人には思わず胸が熱くなること請け合いである。
ということで、いろいろな楽しみ方ができる良質の作品であり、ミステリファンだけでなく広く読まれていい作品ではないだろうか。もちろん年末の各種ミステリベストテンには間違いなく入ってくるだろう。
なお、最後にひとつだけ苦情を。
カバーの裏表紙に書かれている「新たなる“シャーロック・ホームズ”の誕生」というのは、ううむ、本の売り方としてはどうなんだろう。
確かにアイゼイアのホームズばりの推理シーンは度々、見せ場としてあるのだけれど、本作においてはあくまで味つけどまりではないかな。推理によって事件の意外な真相が最後に明らかになるのであれば、そういう喩えも全然いいのだけれど、本作の根本的な興味はやはりそこではない。
著者のホームズ譚に対する思い入れがあり、それがIQやドットソン(ワトソン役)、推理の場面に取り入れられているのはわかるけれど、これはやはり編集者の勇み足だろう。
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