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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

樹下太郎『目撃者なし』(光文社文庫)

 主人公は中堅の受信機メーカーに勤める水品尚策とその妻。水品はセールスマンとして働いていたが、得意先の倒産というトラブルに巻き込まれ、会社に大きな損失を与えたとして、閑職の事務課に飛ばされてしまう。しかし、水品はそんな生活にも不満を覚えることなく過ごしていたが、そんなある日、妻が交通事故に遭ったという知らせを受ける。慌てて病院にかけつけた水品は、妻の不審な挙動から、彼女が浮気をしていたのではないかと疑いを持つ。だが、それを確かめる間もなく妻が失踪。苦悩する水品だったが、追い打ちをかけるように会社には合理化の波が押し寄せており、彼をさらに憂鬱にさせていた……。

 とまあ、あらすじを書いてみたものの、このままではあまり面白そうにも思えない。だが、上で書いた部分は、実は本書の第一章「夫にあたるパートで、続いて「妻」のパート、「夫」「妻」という具合に、交互に語り手が交代するという構成をとっているのだ。水品夫妻は実は互いに知られたくない秘密を持っており、語り手が交代するごとに、その秘密が次第に明らかになっていくという試みだ。これはサスペンスを高めるだけでなく、語り手の心理を掘り下げるのにも役立っており、必然的に物語の深みを出す効果を上げている。ミステリ風味はそれほど濃くないものの、このねちねちした描写が作者の持ち味でもあり、現代にも通じるサラリーマンの悲哀を浮き彫りにしているところは、さすがのひと言であろう。ただ、辛気くさいといえば辛気くさい話ではあるので、他人に諸手を挙げてお勧めする気はない。
 それでも読みたいと思う人は、光文社文庫から刊行されたものなら比較的容易に古本屋で入手できるので、見つけたらぜひ買ってみてください。少なくとも私は嫌いじゃない。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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