- Date: Wed 13 03 2019
- Category: アンソロジー・合作 創元推理文庫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫)
創元推理文庫の『世界推理短編傑作集1』を読む。おそらく三度目の再読なのだが、単品でもその他アンソロジーや短編集でも読んでいたり、実はあまり久しぶりという感じでもない。とはいえ昨年、収録作の異動や新訳も含めた新版が出たということで、一応、目を通してみた次第。
まずは収録作。
エドガー・アラン・ポオ「盗まれた手紙」
ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」
アントン・チェーホフ「安全マッチ」
アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」
アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
アンナ・キャサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
ジャック・フットレル「十三号独房の問題」

本書は江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれた全五巻のアンソロジーの第1巻である。簡単にいえば19世紀半ばから20世紀半ばにかけての作品を年代順に配列し、短編ミステリの歴史的な変遷を俯瞰するといったものだ。
今回の新版での変更点だが、これが意外に多くて、まずは書名が『世界短編傑作集』から『世界推理短編傑作集』に変更されている。
収録作に目をやると、新たにポオの「盗まれた手紙」、コナン・ドイルの「赤毛組合」が収録されている。この二作はもともと乱歩のセレクトに入っていた作品ではあるのだが、創元が自社本での収録作とのダブりを避けて、旧版では未収録だったものだ。しかし、短編推理の歴史を辿ろうとする企画意図を考慮すると、推理小説史上でも要となる作品が入らないのはやはりおかしいのではないかということで、晴れて収録の運びとなったようだ。
この影響でページ数がかさんだためか、旧版の第1巻に入っていたロバート・バーの「放心家組合」は第2巻に回されることとなった。
さらに「安全マッチ」と「赤毛組合」は新訳。以上が旧版からの変更点である。
個人的には好ましい変更であり、特に「盗まれた手紙」と「赤毛組合」の収録は嬉しい。
というのも創元は昔からけっこう自社本での収録作のダブりを避ける傾向がある。最もショックだったのは、〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉というシリーズが出たときのことだ。『ソーンダイク博士の事件簿』や『隅の老人の事件簿』、『思考機械の事件簿』などなどの短編集が続々と刊行され、それまでは代表作ぐらいしか読めなかった名探偵たちの短編集ということで非常にありがたかった企画である。
だが、あろうことか、これらの短編集には、『世界推理短編傑作集』に収録されていた一番の代表作は一切収録されなかったのだ。当時の編集者は気を利かせたつもりだったのか、そのあたりの理由は不明である。ただ、せっかく『思考機械の事件簿』が出たというのに、アンソロジーにすでに入っているからという理由で、肝心の「十三号独房の問題」を外すか普通? 画竜点睛を欠くというのはこういうことを言うのだろうなぁと、当時はしばらくショックが抜けなかったものである。
まあ、それはともかく。
海外ミステリが好きというなら、『世界推理短編傑作集』全五巻はぜひとも読んでおくべきだろう。ミステリ好きを公言している人でも、古いから読まない、使い古されているトリックなど読みたくないという人もたまにいるようだが、あまりにもったいない。
ミステリにおける一般教養的な作品を年代順に押さえることで、ミステリの進化する様子がつかめるだけでなく、ミステリを楽しむためのセンス、そして基礎体力が鍛えられる。また、それによって現代ミステリの見方もまた変わってくるはずである。何より、こんなに面白い短編集を見逃す手はない。
内容的にはいまさら何も言うことはないのだが、一応、軽くコメントなど。
「盗まれた手紙」はミステリの産みの親ポオが書いたデュパンものの三作目で、文字どおり盗まれた手紙を探す作品。メイントリックとして、ミステリの基本テクニックのひとつといえる“盲点”を利用しており、内容はもちろん楽しめるが、ラストのデュパンの謎解きがそのまま推理小説論みたいになっているのも興味深い。ポオのドヤ顔が目に浮かぶようだ。
「人を呪わば」は『白衣の女』で知られるコリンズの作品。ある筋からコネで入省した刑事が、窃盗事件を捜査する物語。実はこの刑事の傍若無人な振る舞いやKYぶりが読みどころであり、この時点で早くもミステリのパロディみたいになってるのが恐れ入る。
おそらくコリンズはパロディというより、権力への風刺として書いたようにも思えるが、ラストはしっかりミステリとして成立しているのがいい。
「安全マッチ」を初めて読んだときはチエホフが書いたミステリということでかなり期待したが、これもまたミステリのパロディである。思えばすでにこの時期のイギリスやロシアでは、パロディが普通に成立する程度には、ミステリ(あるいはミステリ的な読物)も読まれていたということだろう。
本作はしかもアンチミステリともいえる展開であり、登場人物たちの立ち方はさすがにチエホフならでは。
「赤毛組合」は言うまでもなくホームズものの代表作。久々に読んだけれど、導入から結末に到るまでの流れ、起承転結の切れが鮮やかすぎる。本格ではなく奇妙な味に分類した乱歩の気持ちはよくわかる。
ホームズが滝壺に落ちて休んでいる間、〈ストランド・マガジン〉で代わりに活躍していたのがアーサー・モリスンの生んだ名探偵マーチン・ヒューイット。
「レントン館盗難事件」は屋敷での宝石盗難事件を扱ったマーチン・ヒューイットものの代表作だが、そのメイントリックの面白さゆえ、子供向けの推理クイズでは定番中の定番となり、おかげで本作を読んでない人もそのネタだけは知っているという不遇の作品となっている(のか?)
「医師とその妻と時計」は盲目の医師とその若い妻が巻き込まれた殺人事件の顛末。アンナ・キャサリン・グリーンらしいロマンス要素を強く打ち出した作品だが、悲哀とアイロニーに満ちたラストはなかなかの味わい。ストーリー作りの上手さはやはり当時の人気作家だけある。
バロネス・オルツィが生んだ名探偵・隅の老人ものの代表作が「ダブリン事件」。恐ろしいことに今では隅の老人の全作品が『隅の老人【完全版】』で読めるわけだが、一時期はほんとにこれしか読めない時代があったんだよなぁ。
ラストで様相をひっくり返してみせるキレの良さ、実にプロットが見事な一作である。
かのタイタニック号の沈没によって悲劇の死を遂げたジャック・フットレル。そんな彼は“思考機械”ヴァン・ドゥーゼン教授という名探偵を生んでいる。「十三号独房の問題」は思考機械ものの代表作で、頭脳を使えば刑務所からも脱走できるのか、という命題に挑んだ作品。
こちらも脱出方法を乱歩が流用したりしているので、ネタ自体はかなり知られているだろうが、やはり最初にこういう手を考えたジャック・フットレルは偉大である。
そういえば、こちらも完全版が近々出版されるようで楽しみである。
最後に少し気づいたことを書いておくと、本書のラインナップを見ると、この頃はミステリプロパがいない時代であることがよくわかる(ミステリが誕生したばかりなので、当たり前っちゃ当たり前だけど)。
ポオやコリンズ、チエホフはもちろんだが、コナン・ドイル、モリスン、オルツィ、フットレルらも皆、生涯ミステリ一本で食っていたわけではない。詳しく見れば、他ジャンルからミステリに入ってきた作家、ミステリから他のジャンルへ移った作家、あくまでミステリは余技の作家、単なる多作の大衆作家、いろいろあるのだが、そういった他分野のエッセンスが、新しいミステリというジャンルに活かされたことは想像に難くない。
本書はついついミステリという観点で読んでしまうけれども(まあ、これも当たり前だけど)、実はその著者が主戦場にしていた(あるいは、したかった)ジャンルからの観点で、あらためて読み直してみても面白いのかもしれない。
まずは収録作。
エドガー・アラン・ポオ「盗まれた手紙」
ウィルキー・コリンズ「人を呪わば」
アントン・チェーホフ「安全マッチ」
アーサー・コナン・ドイル「赤毛組合」
アーサー・モリスン「レントン館盗難事件」
アンナ・キャサリン・グリーン「医師とその妻と時計」
バロネス・オルツィ「ダブリン事件」
ジャック・フットレル「十三号独房の問題」

本書は江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれた全五巻のアンソロジーの第1巻である。簡単にいえば19世紀半ばから20世紀半ばにかけての作品を年代順に配列し、短編ミステリの歴史的な変遷を俯瞰するといったものだ。
今回の新版での変更点だが、これが意外に多くて、まずは書名が『世界短編傑作集』から『世界推理短編傑作集』に変更されている。
収録作に目をやると、新たにポオの「盗まれた手紙」、コナン・ドイルの「赤毛組合」が収録されている。この二作はもともと乱歩のセレクトに入っていた作品ではあるのだが、創元が自社本での収録作とのダブりを避けて、旧版では未収録だったものだ。しかし、短編推理の歴史を辿ろうとする企画意図を考慮すると、推理小説史上でも要となる作品が入らないのはやはりおかしいのではないかということで、晴れて収録の運びとなったようだ。
この影響でページ数がかさんだためか、旧版の第1巻に入っていたロバート・バーの「放心家組合」は第2巻に回されることとなった。
さらに「安全マッチ」と「赤毛組合」は新訳。以上が旧版からの変更点である。
個人的には好ましい変更であり、特に「盗まれた手紙」と「赤毛組合」の収録は嬉しい。
というのも創元は昔からけっこう自社本での収録作のダブりを避ける傾向がある。最もショックだったのは、〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉というシリーズが出たときのことだ。『ソーンダイク博士の事件簿』や『隅の老人の事件簿』、『思考機械の事件簿』などなどの短編集が続々と刊行され、それまでは代表作ぐらいしか読めなかった名探偵たちの短編集ということで非常にありがたかった企画である。
だが、あろうことか、これらの短編集には、『世界推理短編傑作集』に収録されていた一番の代表作は一切収録されなかったのだ。当時の編集者は気を利かせたつもりだったのか、そのあたりの理由は不明である。ただ、せっかく『思考機械の事件簿』が出たというのに、アンソロジーにすでに入っているからという理由で、肝心の「十三号独房の問題」を外すか普通? 画竜点睛を欠くというのはこういうことを言うのだろうなぁと、当時はしばらくショックが抜けなかったものである。
まあ、それはともかく。
海外ミステリが好きというなら、『世界推理短編傑作集』全五巻はぜひとも読んでおくべきだろう。ミステリ好きを公言している人でも、古いから読まない、使い古されているトリックなど読みたくないという人もたまにいるようだが、あまりにもったいない。
ミステリにおける一般教養的な作品を年代順に押さえることで、ミステリの進化する様子がつかめるだけでなく、ミステリを楽しむためのセンス、そして基礎体力が鍛えられる。また、それによって現代ミステリの見方もまた変わってくるはずである。何より、こんなに面白い短編集を見逃す手はない。
内容的にはいまさら何も言うことはないのだが、一応、軽くコメントなど。
「盗まれた手紙」はミステリの産みの親ポオが書いたデュパンものの三作目で、文字どおり盗まれた手紙を探す作品。メイントリックとして、ミステリの基本テクニックのひとつといえる“盲点”を利用しており、内容はもちろん楽しめるが、ラストのデュパンの謎解きがそのまま推理小説論みたいになっているのも興味深い。ポオのドヤ顔が目に浮かぶようだ。
「人を呪わば」は『白衣の女』で知られるコリンズの作品。ある筋からコネで入省した刑事が、窃盗事件を捜査する物語。実はこの刑事の傍若無人な振る舞いやKYぶりが読みどころであり、この時点で早くもミステリのパロディみたいになってるのが恐れ入る。
おそらくコリンズはパロディというより、権力への風刺として書いたようにも思えるが、ラストはしっかりミステリとして成立しているのがいい。
「安全マッチ」を初めて読んだときはチエホフが書いたミステリということでかなり期待したが、これもまたミステリのパロディである。思えばすでにこの時期のイギリスやロシアでは、パロディが普通に成立する程度には、ミステリ(あるいはミステリ的な読物)も読まれていたということだろう。
本作はしかもアンチミステリともいえる展開であり、登場人物たちの立ち方はさすがにチエホフならでは。
「赤毛組合」は言うまでもなくホームズものの代表作。久々に読んだけれど、導入から結末に到るまでの流れ、起承転結の切れが鮮やかすぎる。本格ではなく奇妙な味に分類した乱歩の気持ちはよくわかる。
ホームズが滝壺に落ちて休んでいる間、〈ストランド・マガジン〉で代わりに活躍していたのがアーサー・モリスンの生んだ名探偵マーチン・ヒューイット。
「レントン館盗難事件」は屋敷での宝石盗難事件を扱ったマーチン・ヒューイットものの代表作だが、そのメイントリックの面白さゆえ、子供向けの推理クイズでは定番中の定番となり、おかげで本作を読んでない人もそのネタだけは知っているという不遇の作品となっている(のか?)
「医師とその妻と時計」は盲目の医師とその若い妻が巻き込まれた殺人事件の顛末。アンナ・キャサリン・グリーンらしいロマンス要素を強く打ち出した作品だが、悲哀とアイロニーに満ちたラストはなかなかの味わい。ストーリー作りの上手さはやはり当時の人気作家だけある。
バロネス・オルツィが生んだ名探偵・隅の老人ものの代表作が「ダブリン事件」。恐ろしいことに今では隅の老人の全作品が『隅の老人【完全版】』で読めるわけだが、一時期はほんとにこれしか読めない時代があったんだよなぁ。
ラストで様相をひっくり返してみせるキレの良さ、実にプロットが見事な一作である。
かのタイタニック号の沈没によって悲劇の死を遂げたジャック・フットレル。そんな彼は“思考機械”ヴァン・ドゥーゼン教授という名探偵を生んでいる。「十三号独房の問題」は思考機械ものの代表作で、頭脳を使えば刑務所からも脱走できるのか、という命題に挑んだ作品。
こちらも脱出方法を乱歩が流用したりしているので、ネタ自体はかなり知られているだろうが、やはり最初にこういう手を考えたジャック・フットレルは偉大である。
そういえば、こちらも完全版が近々出版されるようで楽しみである。
最後に少し気づいたことを書いておくと、本書のラインナップを見ると、この頃はミステリプロパがいない時代であることがよくわかる(ミステリが誕生したばかりなので、当たり前っちゃ当たり前だけど)。
ポオやコリンズ、チエホフはもちろんだが、コナン・ドイル、モリスン、オルツィ、フットレルらも皆、生涯ミステリ一本で食っていたわけではない。詳しく見れば、他ジャンルからミステリに入ってきた作家、ミステリから他のジャンルへ移った作家、あくまでミステリは余技の作家、単なる多作の大衆作家、いろいろあるのだが、そういった他分野のエッセンスが、新しいミステリというジャンルに活かされたことは想像に難くない。
本書はついついミステリという観点で読んでしまうけれども(まあ、これも当たり前だけど)、実はその著者が主戦場にしていた(あるいは、したかった)ジャンルからの観点で、あらためて読み直してみても面白いのかもしれない。
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「ブルックベンド荘の悲劇」はいいですね。ただ、確かにそのほかの作品は、キャラクターの特異性ばかり印象に残って、実は私もそんなに覚えておりません。
でも、これも完全版が出たら、絶対に買っちゃいますけどね。