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千葉淳平『千葉淳平探偵小説選』(論創ミステリ叢書)
論創ミステリ叢書から『千葉淳平探偵小説選』を読む。相変わらずマイナーどころを次々と発掘する論創ミステリだが、千葉淳平も一般のミステリファンにはほとんど知られていない作家の一人だろう。
なんせ探偵小説誌『宝石』でデビューしたものの、わずか二年余りで『宝石』の終焉とともに消えていった作家である。そりゃあ普通は知らんわな、という話なのだが、その割にはこうして一冊にまとまるぐらいには作品数もあるというのが意外だった。

「或る老後」
「ユダの窓はどれだ」
「目の毒」
「同じ星の下の二人」
「六月に咲く花」
「女三人」
「砂と新妻」
「13/18・8」
「危険な目撃者」
「静かなる復讐」
「悪党はいつも孤独」
「亭主を思い出した女」
「密談をしに来た女」
「昼下りの電話の女」
「張り込み好きな女」
「撫でられた女」
「爆薬を持った女」
「開運祈願」
「求人作戦」
「買物心理」
「慰安旅行」
「信用第一」
「謝恩特売」
収録作は以上。
「或る老後」から「悪党はいつも孤独」までの十一作が短編。「亭主を思い出した女」から「爆薬を持った女」までが週刊誌に〈女シリーズ〉として連載された連作短編。「開運祈願」はショートショートという構成である。
連作短編やショートショートも悪くはないが、やはり著者の本領は最初の十一作に発揮されているといっていいだろう。その本領というのが、徹底的にトリックを追求した本格ミステリであるということ。特に密室ものが多く、あの探偵小説誌『幻影城』で「千葉淳平・密室小説特集」を企画されたことがあったほどだ(といってもその号は結局刊行されなかったのだが)。
ただ、実際に読んでみると、実はそこまで斬新なトリックがあるわけではなく、その点ばかりに注目するとやや期待はずれとなる。千葉淳平のミステリの面白さは、むしろユーモアやストーリーの妙にこそあって(要はお話作りが上手い)、それがトリックとの相乗効果で作品の魅力を高めている印象である。
出来のムラが少なく、どの作品も平均的に楽しめるというのも素晴らしく、こうして一冊にまとめる価値は十分にある作家だといえるだろう。
以下、簡単ながら短編十一作についてのコメント。
「或る老後」は再読だが、本書中でも一、二位を争う作品だろう。密室トリックもあるのだが、それ以上に興味深いのは犯人と被害者の心理戦である。そして、それらの題材をまとめあげる構成力が見事。探偵小説誌『宝石』の懸賞で入選を果たした作品でもあるのだが、その選考委員会で書かれているとおり、もう少し長めの分量で書き込めばさらに凄くなったのではないか。
「ユダの窓はどれだ」も印象に残る作品で、ここでいう「ユダの窓」はディクスン・カーの『ユダの窓』である。あのアイディアを現代の団地に置き換えてみた作品で、これもまたトリックも悪くはないのだが、それをとりまく団地の登場人物たちの設定や語り口が楽しい。
「或る老後」もそうだが、千葉淳平の作品はおしなべて総合力が高いイメージである。
先の二作がいいので少し分は悪いが、「目の毒」も短いながらきちんと密室トリックを盛り込んでくるのはさすが。ただ、上手い作家なので形にはするが、やはり短いものはあまり面白くない。
「同じ星の下の二人」もいい。労使協議による団交中に発生する密室殺人という設定が唆る。この作品にももちろんトリックはあり、しかも二重三重に重ねてくるという執拗さだが、それ以上にプロットが強く印象に残った。「或る老後」に匹敵する出来栄えである。
「六月に咲く花」も悪くない。生花の卸を行う会社が舞台で、恋愛要素もふんだんに盛り込んでいるから、どちらかというと人間関係で楽しむ話かと思っていると、その人間関係にこそ仕掛けがあるという妙。
死んだ男の愛人たちの遺産を巡るバトルをブラックユーモアで描くのが「女三人」。まあ、アイディアありきだとは思うのだが、こういう作品にまでどんでん返しを連発させる著者の稚気に感心する。
「砂と新妻」はチープなクライムノベルっぽい雰囲気だが、重要な登場人物たちの心理がこちらにいまひとつ落ちてこず、やや落ちる。もちろん、こういうクライムノベル的なものにもトリッキーな趣向を忘れてはいない。
「13/18・8」はストーリーや設定に凝る著者にしては比較的オーソドックスな密室トリックもの。悪くはないがストーリー、トリックともにやや物足りなさも感じてしまう。
「危険な目撃者」は導入のサスペンスが見事だが、その後の展開がブラックユーモアを打ち出しすぎるというかやや強引すぎて、トータルではちょっとバランスが悪い出来となってしまった。
「静かなる復習」は調査会社の女性調査員が主人公だが、ラストの意外性がすべて。大した仕掛けではないのだが、こういうのもたまにはいいと思わせるような、ほっこりする作品。
「悪党はいつも孤独」はハードボイルドタッチの異色作。プロットで読ませるといったタイプの作品だが、繰り返し書いているとおり、こういうものにもきっちりとオチをつけるのが著者ならでは。あらためて千葉淳平の器用さが確認できる一作ともいえる。
なんせ探偵小説誌『宝石』でデビューしたものの、わずか二年余りで『宝石』の終焉とともに消えていった作家である。そりゃあ普通は知らんわな、という話なのだが、その割にはこうして一冊にまとまるぐらいには作品数もあるというのが意外だった。

「或る老後」
「ユダの窓はどれだ」
「目の毒」
「同じ星の下の二人」
「六月に咲く花」
「女三人」
「砂と新妻」
「13/18・8」
「危険な目撃者」
「静かなる復讐」
「悪党はいつも孤独」
「亭主を思い出した女」
「密談をしに来た女」
「昼下りの電話の女」
「張り込み好きな女」
「撫でられた女」
「爆薬を持った女」
「開運祈願」
「求人作戦」
「買物心理」
「慰安旅行」
「信用第一」
「謝恩特売」
収録作は以上。
「或る老後」から「悪党はいつも孤独」までの十一作が短編。「亭主を思い出した女」から「爆薬を持った女」までが週刊誌に〈女シリーズ〉として連載された連作短編。「開運祈願」はショートショートという構成である。
連作短編やショートショートも悪くはないが、やはり著者の本領は最初の十一作に発揮されているといっていいだろう。その本領というのが、徹底的にトリックを追求した本格ミステリであるということ。特に密室ものが多く、あの探偵小説誌『幻影城』で「千葉淳平・密室小説特集」を企画されたことがあったほどだ(といってもその号は結局刊行されなかったのだが)。
ただ、実際に読んでみると、実はそこまで斬新なトリックがあるわけではなく、その点ばかりに注目するとやや期待はずれとなる。千葉淳平のミステリの面白さは、むしろユーモアやストーリーの妙にこそあって(要はお話作りが上手い)、それがトリックとの相乗効果で作品の魅力を高めている印象である。
出来のムラが少なく、どの作品も平均的に楽しめるというのも素晴らしく、こうして一冊にまとめる価値は十分にある作家だといえるだろう。
以下、簡単ながら短編十一作についてのコメント。
「或る老後」は再読だが、本書中でも一、二位を争う作品だろう。密室トリックもあるのだが、それ以上に興味深いのは犯人と被害者の心理戦である。そして、それらの題材をまとめあげる構成力が見事。探偵小説誌『宝石』の懸賞で入選を果たした作品でもあるのだが、その選考委員会で書かれているとおり、もう少し長めの分量で書き込めばさらに凄くなったのではないか。
「ユダの窓はどれだ」も印象に残る作品で、ここでいう「ユダの窓」はディクスン・カーの『ユダの窓』である。あのアイディアを現代の団地に置き換えてみた作品で、これもまたトリックも悪くはないのだが、それをとりまく団地の登場人物たちの設定や語り口が楽しい。
「或る老後」もそうだが、千葉淳平の作品はおしなべて総合力が高いイメージである。
先の二作がいいので少し分は悪いが、「目の毒」も短いながらきちんと密室トリックを盛り込んでくるのはさすが。ただ、上手い作家なので形にはするが、やはり短いものはあまり面白くない。
「同じ星の下の二人」もいい。労使協議による団交中に発生する密室殺人という設定が唆る。この作品にももちろんトリックはあり、しかも二重三重に重ねてくるという執拗さだが、それ以上にプロットが強く印象に残った。「或る老後」に匹敵する出来栄えである。
「六月に咲く花」も悪くない。生花の卸を行う会社が舞台で、恋愛要素もふんだんに盛り込んでいるから、どちらかというと人間関係で楽しむ話かと思っていると、その人間関係にこそ仕掛けがあるという妙。
死んだ男の愛人たちの遺産を巡るバトルをブラックユーモアで描くのが「女三人」。まあ、アイディアありきだとは思うのだが、こういう作品にまでどんでん返しを連発させる著者の稚気に感心する。
「砂と新妻」はチープなクライムノベルっぽい雰囲気だが、重要な登場人物たちの心理がこちらにいまひとつ落ちてこず、やや落ちる。もちろん、こういうクライムノベル的なものにもトリッキーな趣向を忘れてはいない。
「13/18・8」はストーリーや設定に凝る著者にしては比較的オーソドックスな密室トリックもの。悪くはないがストーリー、トリックともにやや物足りなさも感じてしまう。
「危険な目撃者」は導入のサスペンスが見事だが、その後の展開がブラックユーモアを打ち出しすぎるというかやや強引すぎて、トータルではちょっとバランスが悪い出来となってしまった。
「静かなる復習」は調査会社の女性調査員が主人公だが、ラストの意外性がすべて。大した仕掛けではないのだが、こういうのもたまにはいいと思わせるような、ほっこりする作品。
「悪党はいつも孤独」はハードボイルドタッチの異色作。プロットで読ませるといったタイプの作品だが、繰り返し書いているとおり、こういうものにもきっちりとオチをつけるのが著者ならでは。あらためて千葉淳平の器用さが確認できる一作ともいえる。
Comments
Edit
レビューを拝見して興味を抱き、『千葉淳平探偵小説選』読ませていただきました。才筆ですね!密室にこだわり続けた稚気愛すべしです。昭和30年代特有の雰囲気も堪能でき、非常に満足度の高い読書でした。ありがとうございます。それにしても、これほど書ける人ですら、「宝石」以外では、双葉社のほか、レジャー誌と業界誌にしか発表の場がなかったとは…。筆を折らざるを得なかった無念、分る気がします。才能のスケールこそ違いますが、大坪砂男などとも共通の悲哀を感じて、しんみりしてしまいました。
Posted at 20:38 on 05 17, 2019 by SIGERU
SIGERUさん
コメントありがとうございます。
こういうのもお読みになるんですね!?
本格ではあるのですが、雰囲気はけっこう通俗的なので、ちょっと意外でした。
楽しんでいただけたようで何よりです。
Posted at 00:21 on 05 18, 2019 by sugata