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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


ジョルジュ・シムノン『メグレの退職旅行』(角川文庫)

 ジョルジュ・シムノンのメグレ警視もの短編集『メグレの退職旅行』を読む。
 以前に読んだ『メグレ夫人の恋人』という短編集は、『Les Nouvelles Enquetes de Maigret』(メグレ最新の事件簿)という短編集からセレクトしたものだったが、本書も同じ短編集から採られている。
 どういう基準で作品が分けられたのかは不明だが、強いていえば『メグレ夫人の恋人』では比較的トリッキーな作品が多かった印象。かたや本書では、メグレが事件や関係者、さらには自らを取り巻く環境に振り回される姿を描いた作品が多い。
 メグレの定年退職前後の作品が三作ほど混じっているのもその感を強くしており、メグレの心情の移ろいみたいなところが楽しめる短編集といえるだろう。まあ、ミステリ的には『メグレ夫人の恋人』のほうが上とは思うが、これはこれで面白い。
 収録作は以下のとおり。

Monsieur Lundi「月曜日の男」
Rue Pigalle「ピガール通り」
La Vielle dame de Bayeux「バイユーの老婦人」
L'Étoile du Nord「ホテル北極星」
Mademoiselle Berthe et son amant「マドモワゼル・ベルトとその恋人」
Tempête sur la Manche「メグレの退職旅行」

 メグレの退職旅行

 以下、各作品について簡単なコメントなど。
 バリオン医師宅の女中が不審な死を遂げ、その捜査を描くのが「月曜日の男」。死因はエクレアに忍ばせたライ麦の芒によるものだったが、そのエクレアは毎週月曜日に医師宅にやってくる老人が子供に与えたものだった……。
 それほど凝ったネタではないけれど、一応、捻りはあるし、何より犯人のキャラクターに今風の怖さがある。最後の一行もなかなか効果的だ。

 「ピガール通り」は一幕ものの芝居のような雰囲気。匿名の電話を受けたメグレが店に着くと、そこにはギャング同士のいざこざがあった形跡が。誰もが口を濁すなか、遂には死体が発見され……という一席。地味ながら独特の緊張感で読ませる。

 ミステリ的な面白さでは「バイユーの老婦人」が本書中のピカイチか。
 地方都市カンに派遣されたメグレは、老婦人に話し相手として雇われていた女性の訪問を受ける。老婦人が死亡したが、殺人の可能性がるので調べてほしいという……。

 「ホテル北極星」はメグレが退職二日前に遭遇したホテル北極星での事件を扱う。被害者のもとにはストッキングが残されており、その持ち主を探すメグレだが……。
 若い娘に振り回されるメグレのイライラが見もの。コミカルなメグレものはなかなか貴重で印象深い一作。

 『マドモワゼル・ベルトとその恋人』はメグレ退職後の物語。メグレのもとに助けを求める手紙が届くが、その差出人はなんとリュカの姪。犯罪を犯したかつての恋人に迫られているというのだが……。
 リュカの若い姪に対するメグレの心理や言動が読みどころだが、メグレものには珍しく、スマートイメージの作品。後味もいい。ただ、作中でリュカの死がさらっと明らかにされるのが悲しい。
 
 ラストを飾るのは文字どおり「メグレの退職旅行」中に起こった事件。嵐のためにペンションで足止めをくらったメグレ夫妻が殺人事件に遭遇する。
 すっかり観察力もやる気も鈍ってしまったメグレは、端からみても精彩がなく、おまけにこの作品でも女性相手に気苦労が絶えない感じである。「ホテル北極星」などのように、こういうのはユーモラスに描いてほしいところだが、タッチは暗めで読んでいて切なくなってしまう。ただ、最後はしっかり決めてくれてひと安心。

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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