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坂口安吾『不連続殺人事件』(新潮文庫)
山中深くで酒造業を営む歌川家。その跡取り息子にして詩人の歌川一馬があるとき東京を訪れ、私(友人の作家・矢代)に、一夏をこちらで過ごさないかと声をかけてきた。
もともと歌川家には疎開だったり何かと親交のある者が集まってはいたが、それに応じられない理由が私にはあった。私の妻・京子はもともと一馬の父・多聞の妾であり、それを強奪する形で結婚していたからだ。しかし、数日後、一馬から犯罪を予期させるような不吉な手紙が届き、止むを得ず私は京子、そして素人探偵として仲間内で知られる巨勢博士を伴い、歌川家を訪れる。
だが、そこに集まっていたのは日頃からトラブルの種を播いてばかりいるような、素行不良の文人画人の面々。果たして悲劇の幕が開いた……。

読めば読むほど面白くなる探偵小説もそうそうないが、本作はその数少ない例外。初めて読んだときこそ登場人物たちの多さと彼らの言動の破天荒さ・淫猥さに辟易したのだが、読むたびにその真価がわかり、凄い作品であることを実感できる。
だいたい今挙げた登場人物云々にしても、それ自体がまさしく安吾の狙いであったのに、そこを汲み取れないこちらの甘さ、理解の低さ、加えてそれを楽しめない人生経験の未熟さがあった。
何より凄いのは、安吾があくまで謎解きゲームとして本作を書き、犯人当ての懸賞までやっている作品だというのに、ゲームゲームしたところがなく、むしろそういうところを超越した愛憎邪淫のドラマとしての面白さを持っていることだろう。
それなのに最後にはきっちり本格探偵小説としてすべてをクリアにさせる。まさにオールタイムベストテン級。こんな幸せな作品は数えるほどしかない。
あ、そういえば映画版は観ていなかったな。あの人も重要な役で出ているし、これもそのうちに。
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Comments
高い評価ばかりで、実はびっくり。
四十数年前ぐらいに読んだときは「なあんだ『赤××××××××』のものまねじゃないの」もしくは「『赤××××××××』に惚れ込んだ御大の『緑×××』の戴きだ」と、すぐさま感じたものですが。
映画版はというと、贔屓の夏純子氏の魅力以外には、原作からそのまま抜け出してきたような適役の内海賢二氏ぐらいには惹かれるもの無しです。
Posted at 17:18 on 06 01, 2019 by 雨の国の王者
少佐さん
挫折の原因は、最初の登場人物の多さか、もしくは登場人物たちの品のなさあたりが原因でしょうか。
私も初読時はけっこうイラっときましたが、むしろ今読むとそれがけっこう快感ですw
ぜひそのうちお試しを。
Posted at 19:02 on 05 25, 2019 by sugata
ポール・ブリッツさん
角川文庫版のカバーは長らく映画バージョンだったので、高校時代だったか、とても買いにくかった記憶があります(笑)。あのカバーが今でも古本屋で一番多く見ますね。
Posted at 23:24 on 05 22, 2019 by sugata
「刺青殺人事件」と並んで、小学生でもトリックの美しさに感動できる稀有な本だと思います。(←小学生がこんな本読むんじゃない!(笑))
Posted at 22:40 on 05 22, 2019 by ポール・ブリッツ
Ksbcさん
とにかく人間関係やプロットが複雑ですから、いったん真相がわかったうえで読むと、著者の企みや狙いも理解できてより楽しめます。
ちなみに今回は新潮文庫で読みましたが、国産ものには珍しく登場人物表がついていました。やはり、そこで躓く人が多いのでしょうね。
Posted at 23:20 on 05 20, 2019 by sugata
まだ1回ですが、確かに、あの前半部分を読みこなすには、複数回読んだほうが楽しめるような気がします。
そのうち挑戦します。
Posted at 16:04 on 05 20, 2019 by Ksbc
呉エイジさん
いいですよねえ。
この小説は1回目より2回目、2回目より3回目が本当に楽しくて、今回は久々でしたけど、やはり楽しめました。真相を知ってから読むといっそう面白くなる作品がたまにありますが、それの代表格ではないですかねぇ。
Posted at 23:30 on 05 19, 2019 by sugata
オールタイムベスト
これは私もオールタイムベストです。
「心理の足跡」の章を、興奮と感動で涙ボロボロ流しながら読みました。
感受性の強かった学生時代の話ですが(笑)
Posted at 23:11 on 05 19, 2019 by 呉エイジ
雨の国の王者さん
コメントありがとうございます。
『不連続殺人事件』の元ネタがフィリポッツの某作やクリスティの某作だろうとは、よく言われる話ですね。
ただ、ものまね云々は安吾が気の毒でしょう。それをいったら当時の探偵小説作家はみな多かれ少なかれ海外作品の影響を受けてますし、翻案レベルの作品も多々見られます。
むしろ安吾がゲーム性に徹した書き上げた『不連続殺人事件』ならではの文章や設定が、結果的には独自の世界を作り上げ、それがトリックの効果をより高めたことを買いたいなと思います。
Posted at 18:00 on 06 01, 2019 by sugata