- Date: Tue 25 06 2019
- Category: アンソロジー・合作 創元推理文庫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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江戸川乱歩/編『世界推理短編傑作集2』(創元推理文庫)
創元推理文庫の『世界推理短編傑作集2』を読む。江戸川乱歩の選んだベスト短編をもとに編まれた全五巻のアンソロジー、その新版の第2巻である。
第1巻の感想でも書いたが、このシリーズは何度目かの再読だし、作品によっては他の本で読んでいることもあって、正直、新鮮味はほぼない。ただ、それはこっちがミステリをン十年読んできたおっさんだからであって、無論この本自体の責任ではない。むしろ非常に素晴らしいアンソロジーなので、ミステリを読み始めた若い人には、できれば早いうちに読んでもらいたいシリーズである。

ロバート・バー 「放心家組合」
バルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」
G・K・チェスタトン「奇妙な足音」
モーリス・ルブラン「赤い絹の肩かけ」
オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
V・L・ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」
アーネスト・ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」
M・D・ポースト「ズームドルフ事件」
F・W・クロフツ「急行列車内の謎」
第2巻の収録作は以上。
旧版からの変更点をあげておくと、旧版で第1巻だったロバート・バー「放心家組合」がこちらに入り、さらにチェスタトン「奇妙な足音」が新たに収録された。これは創元推理文庫の別本に収録されているため、旧版では見送られていたものだ。
そのせいでページ数が増えたこと、また、作品の並びを発表順に統一したこともあって、旧版にあったコール夫妻『窓のふくろう』が新版の第3巻へ、E・C・ベントリー「好打」は第5巻へと移動となった。
あとは翻訳関係が二点。ひとつはバルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」がドイツ語からの新訳に変更。これは当然『探偵ダゴベルトの功績と冒険』を訳した垂野創一郎氏が担当。また、オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」は、創元推理文庫の『ソーンダイク博士の事件簿』に合わせ、大久保康雄訳のものが採られている。
さて、第1巻ではポオに始まり、ミステリ黎明期の作品が収録されていたが、本書ではホームズのライバルたちが活躍する1910年前後の作品が中心である。ホームズの登場がきっかけで爆発的なミステリブームが起こったのを機に、さまざまな作家が参入し、いろいろな名探偵が生まれ、今でも受け継がれるようなベーシックなトリックやスタイルが考案された。
管理人が子供の頃に読んだミステリガイドブックには、それこそ本シリーズに収録されている作品がトリックもろとも紹介されていることも多かったが、それぐらいメジャーな作品ばかり。ネットの意見を見ると機械的トリックが多いというネガティブな声もあるようだが、百年前にそれをやってのけている事実が重要で、何よりミステリの本質がこの時代で概ね確立されたように思う。
以下、各作品のコメント。
まずはロバート・バーの「放心家組合」。バーといえば、十年ほど前に本邦初の単行本となる『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』が刊行されたのはまだ記憶に新しいところ。そのバーの代表作が「放心家組合」である。詐欺のテクニックの面白さだけでなく、皮肉なラストがまた秀逸。
グロラーの「奇妙な跡」はオーストリアの名探偵ダゴベルトが登場する一篇。犯人像といい、犯行手段といい、極めて印象深く、まさに乱歩ならではのセレクト。
こちらもローバト・バーと同じく、五年ほど前になってようやく『探偵ダゴベルトの功績と冒険』が本邦初紹介となり、その特異性が明らかになった。
チェスタトンの「奇妙な足音」は言うまでもなくブラウン神父ものの代表作。トリックらしいトリックもないのだけれど、何気ない事象に気をとめて、そこからプラウン神父が辿っていく思考の道筋がキモ。フランボウの登場も楽しく、文句なしの一作。
「赤い絹の肩かけ」はご存知怪盗リュパンもの。とにかくモーリス・ルブランのストーリー・テラーぶりが堪能できる。こういう鮮やかな構成を、すでにこの時期に成立させていた、その事実が素晴らしい。
もちろんキャラクターの際立ち方も同時代にあっては群を抜いている。
これまでの四作と打って変わって、オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」は地味ではあるが、推理小説の神髄を感じさせて素晴らしい。倒叙ミステリのハシリともいうべき一篇でもあるのだが、これはいわば裏から見た推理小説。すべてをばらしたうえで、なおかつ“推理する小説”を成立させ、しかもその過程が面白いという奇跡。
ホワイトチャーチもバーやグロラー同様、つい数年前までこの「ギルバート・マレル卿の絵」一作しか読めなかった作家だが、これも論創社から『ソープ・ヘイズルの事件簿』が出て、ずいぶん喉の渇きが潤ったものである。
機械的トリックにもいろいろあって、ここまで大がかりな形でやってくれると、それはそれで十分に楽しい。というか鉄道を使ったトリック(時刻表ではなく)はなぜか楽しいのだ。
アーネスト・ブラマの「ブルックベンド荘の悲劇」も機械的トリックだが、きちんと手がかりを見せ、伏線を周到に貼っているところがよい。もちろん今読めば露骨なのだが、手口は十分に素人でも理解できる範囲で、なおかつ予想を越える結果。教科書のような作品である。
もちろん盲人探偵マックス・カラドスという存在もインパクト十分。
おそらくもっとも手垢がついているであろうトリックを使っているのがM・D・ポースト「ズームドルフ事件」。ただ、本作が今でも語り継がれるのは、そのトリックではなく、作品の舞台となる世界や宗教観とのブレンドにある。本作をトリックの点だけに注目して否定するのはあまりに無粋である。
第2巻の掉尾を飾るのは大御所クロフツの「急行列車内の謎」。仕掛けはやや物足りないけれど。全体の雰囲気は悪くない。素朴な疑問だが、解決は後日談的にするよりも、リアルタイムで進めた方がサスペンスの面などでより面白くなった気がするのだが……。
ということで第2巻もけっこうなお手前でした。
しかし、管理人が本書を初めて読んだ当時は、気軽に読めるのはチェスタトン、ルブラン、クロフツぐらいだったはず。それが今では本書に収録している作家の訳書は最低でも一冊は出ているわけで、いや、なんとも良い時代になったものだ。
第1巻の感想でも書いたが、このシリーズは何度目かの再読だし、作品によっては他の本で読んでいることもあって、正直、新鮮味はほぼない。ただ、それはこっちがミステリをン十年読んできたおっさんだからであって、無論この本自体の責任ではない。むしろ非常に素晴らしいアンソロジーなので、ミステリを読み始めた若い人には、できれば早いうちに読んでもらいたいシリーズである。

ロバート・バー 「放心家組合」
バルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」
G・K・チェスタトン「奇妙な足音」
モーリス・ルブラン「赤い絹の肩かけ」
オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」
V・L・ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」
アーネスト・ブラマ「ブルックベンド荘の悲劇」
M・D・ポースト「ズームドルフ事件」
F・W・クロフツ「急行列車内の謎」
第2巻の収録作は以上。
旧版からの変更点をあげておくと、旧版で第1巻だったロバート・バー「放心家組合」がこちらに入り、さらにチェスタトン「奇妙な足音」が新たに収録された。これは創元推理文庫の別本に収録されているため、旧版では見送られていたものだ。
そのせいでページ数が増えたこと、また、作品の並びを発表順に統一したこともあって、旧版にあったコール夫妻『窓のふくろう』が新版の第3巻へ、E・C・ベントリー「好打」は第5巻へと移動となった。
あとは翻訳関係が二点。ひとつはバルドゥイン・グロラー「奇妙な跡」がドイツ語からの新訳に変更。これは当然『探偵ダゴベルトの功績と冒険』を訳した垂野創一郎氏が担当。また、オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」は、創元推理文庫の『ソーンダイク博士の事件簿』に合わせ、大久保康雄訳のものが採られている。
さて、第1巻ではポオに始まり、ミステリ黎明期の作品が収録されていたが、本書ではホームズのライバルたちが活躍する1910年前後の作品が中心である。ホームズの登場がきっかけで爆発的なミステリブームが起こったのを機に、さまざまな作家が参入し、いろいろな名探偵が生まれ、今でも受け継がれるようなベーシックなトリックやスタイルが考案された。
管理人が子供の頃に読んだミステリガイドブックには、それこそ本シリーズに収録されている作品がトリックもろとも紹介されていることも多かったが、それぐらいメジャーな作品ばかり。ネットの意見を見ると機械的トリックが多いというネガティブな声もあるようだが、百年前にそれをやってのけている事実が重要で、何よりミステリの本質がこの時代で概ね確立されたように思う。
以下、各作品のコメント。
まずはロバート・バーの「放心家組合」。バーといえば、十年ほど前に本邦初の単行本となる『ウジェーヌ・ヴァルモンの勝利』が刊行されたのはまだ記憶に新しいところ。そのバーの代表作が「放心家組合」である。詐欺のテクニックの面白さだけでなく、皮肉なラストがまた秀逸。
グロラーの「奇妙な跡」はオーストリアの名探偵ダゴベルトが登場する一篇。犯人像といい、犯行手段といい、極めて印象深く、まさに乱歩ならではのセレクト。
こちらもローバト・バーと同じく、五年ほど前になってようやく『探偵ダゴベルトの功績と冒険』が本邦初紹介となり、その特異性が明らかになった。
チェスタトンの「奇妙な足音」は言うまでもなくブラウン神父ものの代表作。トリックらしいトリックもないのだけれど、何気ない事象に気をとめて、そこからプラウン神父が辿っていく思考の道筋がキモ。フランボウの登場も楽しく、文句なしの一作。
「赤い絹の肩かけ」はご存知怪盗リュパンもの。とにかくモーリス・ルブランのストーリー・テラーぶりが堪能できる。こういう鮮やかな構成を、すでにこの時期に成立させていた、その事実が素晴らしい。
もちろんキャラクターの際立ち方も同時代にあっては群を抜いている。
これまでの四作と打って変わって、オースチン・フリーマン「オスカー・ブロズキー事件」は地味ではあるが、推理小説の神髄を感じさせて素晴らしい。倒叙ミステリのハシリともいうべき一篇でもあるのだが、これはいわば裏から見た推理小説。すべてをばらしたうえで、なおかつ“推理する小説”を成立させ、しかもその過程が面白いという奇跡。
ホワイトチャーチもバーやグロラー同様、つい数年前までこの「ギルバート・マレル卿の絵」一作しか読めなかった作家だが、これも論創社から『ソープ・ヘイズルの事件簿』が出て、ずいぶん喉の渇きが潤ったものである。
機械的トリックにもいろいろあって、ここまで大がかりな形でやってくれると、それはそれで十分に楽しい。というか鉄道を使ったトリック(時刻表ではなく)はなぜか楽しいのだ。
アーネスト・ブラマの「ブルックベンド荘の悲劇」も機械的トリックだが、きちんと手がかりを見せ、伏線を周到に貼っているところがよい。もちろん今読めば露骨なのだが、手口は十分に素人でも理解できる範囲で、なおかつ予想を越える結果。教科書のような作品である。
もちろん盲人探偵マックス・カラドスという存在もインパクト十分。
おそらくもっとも手垢がついているであろうトリックを使っているのがM・D・ポースト「ズームドルフ事件」。ただ、本作が今でも語り継がれるのは、そのトリックではなく、作品の舞台となる世界や宗教観とのブレンドにある。本作をトリックの点だけに注目して否定するのはあまりに無粋である。
第2巻の掉尾を飾るのは大御所クロフツの「急行列車内の謎」。仕掛けはやや物足りないけれど。全体の雰囲気は悪くない。素朴な疑問だが、解決は後日談的にするよりも、リアルタイムで進めた方がサスペンスの面などでより面白くなった気がするのだが……。
ということで第2巻もけっこうなお手前でした。
しかし、管理人が本書を初めて読んだ当時は、気軽に読めるのはチェスタトン、ルブラン、クロフツぐらいだったはず。それが今では本書に収録している作家の訳書は最低でも一冊は出ているわけで、いや、なんとも良い時代になったものだ。
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