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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


河野典生『陽光の下、若者は死ぬ』(角川文庫)

 日本ハードボイルドの先駆者の一人、河野典生の『陽光の下、若者は死ぬ』を読む。
 本書は河野典生の初期のハードボイルド作品を集めた短編集である。ちなみに著者のデビュー短編集は荒地出版社から同じ題名で発行されているが、収録作はけっこう異なるので一応は別物とみてよいのだろう。こちらの収録作は以下のとおり。

「陽光の下、若者は死ぬ」
「溺死クラブ」
「憎悪のかたち」
「ガラスの街」
「カナリヤの唄」
「新宿西口広場」
「ラスプーチンの曾孫」
「殺しに行く」

 陽光の下、若者は死ぬ

 おお、これはいい。全体に漂うピリピリした空気が堪らない。
 河野典生のハードボイルドは代表作の『殺意という名の家畜』を読んでいるが、これはどちらかというと正統派のハードボイルドという印象でった。一方、本書に収められた諸作品は“ハードボイルド系の作品”ではあるのだが、そのテイストは意外に幅があって、正統派ハードボイルドから、もう少し強烈なノワールっぽいもの、犯罪小説的なものなど、予想以上にバリエーションを楽しめる。
 驚くべきはこれらが著者の二十代に書かれたということである。まだ構成等でバランスが悪かったり、展開を急ぎすぎたりするなど、荒っぽいところはあるのだけれど、先にも書いたようにとにかく全体的に感じられるピリピリした空気が気持ちよい。
 意図してチープに描いている節はあるけれど、扱っている内容やテーマは重く、まさに下手に触ると火傷をするといった感じである。

 表題作の「陽光の下、若者は死ぬ」はアナーキーな若者たちが企むテロを描く秀作。テロに走る若者たちの鬱屈と虚無が混じり合った独特な心情を、この短いページのなかでカットバック的に描いている。設定的には冒険小説風だが、その味わいは犯罪小説やノワールに近い。プロローグとエピローグも巧い。

 普段は敵対する殺し屋たちが集まってカクテル・パーティを開くというのが「溺死クラブ」。冗談のような設定だが、著者もこれはハードボイルドのパロディとして描いたと告白している。しかし、その語り口は焦げるほどに熱く、後半の殺し合いへと雪崩れ込む。

 「憎悪のかたち」は見事な和製ハードボイルド、いや和製ノワールというほうが適切か。テキ屋として働く若いチンピラが主人公で、あるとき二人暮らしをしている養父が殺され、その真相を追うことになる。
 上の二作に比べるとストーリーがしっかり展開しており、登場人物たちの設定やリアル感もすごい。昭和三十年代の香り濃厚な一作。

 テレビ局のディレクターがドキュメンタリーで取材した若いヒッピーの女が死亡した……。「ガラスの街」はプロットがきっちりしており、本書中でももっともミステリらしいミステリといえるが、主人公がマスコミの人間であるせいか、他の作品ほどにはエッジが効いていない。

 「カナリヤの唄」はとある観光地の湖畔で出会った謎の中年男とヒッピーの少女の物語。ちょっと理屈っぽいというか説明が多すぎる。その割に主人公の二人の心情が共鳴するところがわかりにくいのが難。

 「新宿西口広場」はデモに巻き込まれたあるOLのエピソード。この作品が書かれた昭和三十年代の新宿の猥雑さや荒っぽさが魅力。管理人も新宿に出没するようになってン十年以上経つが、その空気もずいぶん変わってしまった。

 「ラスプーチンの曾孫」はなかなか技巧的である。主人公がとある安手のキャバレーで出会った女性について語る話だが、クライムノベル風でありながら「ですます調」を用いているところがミソ。雰囲気だけで読ませる感じだが、これはこれで悪くない。

 ラストを飾る「殺しに行く」は「憎悪のかたち」と同じ系統の和製ノワール。カタストロフィに向かうしかない二人のやくざ者の運命が胸を打つ。

↓なぜかAmazonで角川文庫版が見つからないため、代わりに荒地出版社版のリンクを貼っておきます。
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Comments

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KSBCさん

お気になさらず。私もしょっちゅう記事に誤字を見つけてはこっそり直してます。

Posted at 00:01 on 07 17, 2019  by sugata

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よく見たら、「若干」が「弱冠」になってました。

Posted at 11:37 on 07 16, 2019  by KSBC

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ポール・ブリッツさん

おお。『いつか、ギラギラする日々』がお友達のおすすめですか。私もこれは買ってあるので、『緑の時代』の次はそれにしようと思います。

Posted at 18:11 on 07 13, 2019  by sugata

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大学の友達が「いつか、ギラギラする日々」を異様にプッシュしてました。いつかは読もうと思っていたのですが読む機会がなかなかなく……(´・ω・`)

Posted at 00:27 on 07 13, 2019  by ポール・ブリッツ

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KSBCさん

まだ、三冊しか読んでないので大して説得力もないのですが、個人的には今回読んだ『陽光の下、若者は死ぬ』が一番好みで、続いて『街の博物誌』、『殺意という名の家畜』という順番でしょうか。
とはいっても『殺意という名の家畜』もかなりハイレベルですので、今のところ文句なしにどれも楽しめております。
次は再び幻想系から、『緑の時代』を読もうかと考えています。

Posted at 00:01 on 07 13, 2019  by sugata

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こんにちは。

実は、この日曜にこ「他人の城」を読み終えたところでした。
これは、西荻の盛林堂さんで見かけましたが、弱冠高かったので見送っておりました。できれば、読みたいところです。
ハードボイルド作品もいいのですが、大学時代に河野作品に初めて触れた「街の博物誌」が今の所一番印象深いです。
とはいえ積読組に「悪漢図鑑」が入っております。

Posted at 11:03 on 07 12, 2019  by KSBC

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Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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