- Date: Tue 13 08 2019
- Category: 国内作家 泡坂妻夫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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泡坂妻夫『乱れからくり』(幻影城ノベルス)
先日訪れた企画展「暗がりから池袋を覗く〜ミステリ作家が見た風景」でも原稿などがいくつか展示されており、ちょっと気になりだしたのが泡坂妻夫である。
管理人が泡坂妻夫を熱心に読んでいたのは、角川文庫に収められた頃から90年代のあたりまで。最近はすっかりご無沙汰で、たまにアンソロジーなどで短編を読むことはあっても、それ以降の新刊は手つかずである。
そんなわけでそろそろイチから読み直したい衝動に駆られ始め、久しぶりに一冊、手に取ってみた次第。まずは代表作『乱れからくり』だが、四十年ぶりぐらいの再読になる。
こんな話。プロボクサーの夢を諦めた青年・勝敏夫は、雑誌の求人広告を見て、宇内経済研究所という会社を訪れる。それは宇内舞子という元警察官の女社長が一人で切り盛りする超零細企業。どうやら興信所の下請けとして、主に経済事件の調査などを行っているらしい。
あっさり採用が決まった敏夫は、さっそく舞子とともに、ある案件の調査を開始する。その背景には玩具業界の老舗・ひまわり工芸の一族の問題があった。社長の馬割鉄馬の息子・宗児は営業部長、その従兄弟にあたる甥・朋浩は製作部長をみていたが、その二人の間に軋轢があったのだ。
ところが朋浩とその妻・真棹を追跡している最中、二人を乗せた車が隕石の直撃を受け、朋浩は命を落としてしまう。そして、その事故をきっかけに、馬割一族は次々と悲劇に見舞われる……。

本当に久しぶりに読んだわけだが、やはりこれは傑作だわ。とにかく面白い。
まず舞台設定にやられる。
基本はオーソドックスな探偵小説というスタイルでである。一族にまつわる言い伝え、現代における因縁が、ねじ屋敷と呼ばれる奇妙な館、迷路状の庭園、地下洞窟、そしてトリッキーなからくり玩具といったギミックとともに渾然一体となり、独特の世界を創りあげる。
玩具にまつわる蘊蓄もやや過剰なぐらい盛り込まれ(このやや過剰なところがまたよい)、また、登場する玩具が可愛らしくもどことなく不気味な雰囲気も感じられて、現代劇でありながら、そのムードは戦後間もない頃の探偵小説を彷彿とさせる。蠱惑的とでもいおうか、実に妖しい魅力があるのだ。
これだけでも相当にポイントは高いのだが、ここに投入される連続殺人のひとつひとつがまた凝っている。なんとすべての事件において、からくり玩具が利用されるのだ。
からくりを使った殺人などと書くと、なかには「なんだ、機械的トリックか」と、人工的すぎたり必然性に欠けるなどの理由で毛嫌いする人もいるだろう。かくいう管理人もややその気はあるのだが(苦笑)、本作はものが違う。物理的・機械的トリックは単に道具として用いる意味合いが強く、そこに別の要素を絡めることで興味を高め、トリックの不自然さを抑えている。伏線やヒントもここかしこに忍ばせていて、ラストの謎解きでは思わず「やられた」となる。とにかく細かいところまでよく練られているのだ。
そして、それらのからくり玩具による連続殺人が、実は犯人の企てた、より大きなからくりによって構築されているという、この見事な構図。本作におけるからくりは、ギミックであると同時にトリックでもあり、そして事件全体を司るシステムでもあるのだ。まさに乱れからくり。
また、今回の再読によってあらためて感じたのが、そういったミステリの根本的な部分だけでなく、ストーリーを膨らませる工夫も意外に多いなということ。
舞子がこの仕事をやっている理由、舞子の助手である勝敏夫のロマンス、一族に伝わる隠し財産の行方といったところが、主なサブストーリーである。もちろん取ってつけたようなものはいただけないが、著者はこれらを単なる賑やかしではなく、きちんと本筋に絡めていて隙がない。
しいていえば敏夫の終盤の行動がちょっと無茶すぎて、いまひとつ説得力に欠けるところだが。
もちろん細かな瑕は他にもあるけれども、本作はそういう部分を補って余りある魅力に溢れている。
独特の世界観と純粋なミステリとしての要素、このふたつを非常に巧みに、高いレベルで融合させた一作である。未読の方はぜひ。
なお、管理人は今回少々いちびって幻影城ノベルスで読んでみたが、創元推理文庫や角川文庫、双葉文庫など版元も豊富である。
管理人が泡坂妻夫を熱心に読んでいたのは、角川文庫に収められた頃から90年代のあたりまで。最近はすっかりご無沙汰で、たまにアンソロジーなどで短編を読むことはあっても、それ以降の新刊は手つかずである。
そんなわけでそろそろイチから読み直したい衝動に駆られ始め、久しぶりに一冊、手に取ってみた次第。まずは代表作『乱れからくり』だが、四十年ぶりぐらいの再読になる。
こんな話。プロボクサーの夢を諦めた青年・勝敏夫は、雑誌の求人広告を見て、宇内経済研究所という会社を訪れる。それは宇内舞子という元警察官の女社長が一人で切り盛りする超零細企業。どうやら興信所の下請けとして、主に経済事件の調査などを行っているらしい。
あっさり採用が決まった敏夫は、さっそく舞子とともに、ある案件の調査を開始する。その背景には玩具業界の老舗・ひまわり工芸の一族の問題があった。社長の馬割鉄馬の息子・宗児は営業部長、その従兄弟にあたる甥・朋浩は製作部長をみていたが、その二人の間に軋轢があったのだ。
ところが朋浩とその妻・真棹を追跡している最中、二人を乗せた車が隕石の直撃を受け、朋浩は命を落としてしまう。そして、その事故をきっかけに、馬割一族は次々と悲劇に見舞われる……。

本当に久しぶりに読んだわけだが、やはりこれは傑作だわ。とにかく面白い。
まず舞台設定にやられる。
基本はオーソドックスな探偵小説というスタイルでである。一族にまつわる言い伝え、現代における因縁が、ねじ屋敷と呼ばれる奇妙な館、迷路状の庭園、地下洞窟、そしてトリッキーなからくり玩具といったギミックとともに渾然一体となり、独特の世界を創りあげる。
玩具にまつわる蘊蓄もやや過剰なぐらい盛り込まれ(このやや過剰なところがまたよい)、また、登場する玩具が可愛らしくもどことなく不気味な雰囲気も感じられて、現代劇でありながら、そのムードは戦後間もない頃の探偵小説を彷彿とさせる。蠱惑的とでもいおうか、実に妖しい魅力があるのだ。
これだけでも相当にポイントは高いのだが、ここに投入される連続殺人のひとつひとつがまた凝っている。なんとすべての事件において、からくり玩具が利用されるのだ。
からくりを使った殺人などと書くと、なかには「なんだ、機械的トリックか」と、人工的すぎたり必然性に欠けるなどの理由で毛嫌いする人もいるだろう。かくいう管理人もややその気はあるのだが(苦笑)、本作はものが違う。物理的・機械的トリックは単に道具として用いる意味合いが強く、そこに別の要素を絡めることで興味を高め、トリックの不自然さを抑えている。伏線やヒントもここかしこに忍ばせていて、ラストの謎解きでは思わず「やられた」となる。とにかく細かいところまでよく練られているのだ。
そして、それらのからくり玩具による連続殺人が、実は犯人の企てた、より大きなからくりによって構築されているという、この見事な構図。本作におけるからくりは、ギミックであると同時にトリックでもあり、そして事件全体を司るシステムでもあるのだ。まさに乱れからくり。
また、今回の再読によってあらためて感じたのが、そういったミステリの根本的な部分だけでなく、ストーリーを膨らませる工夫も意外に多いなということ。
舞子がこの仕事をやっている理由、舞子の助手である勝敏夫のロマンス、一族に伝わる隠し財産の行方といったところが、主なサブストーリーである。もちろん取ってつけたようなものはいただけないが、著者はこれらを単なる賑やかしではなく、きちんと本筋に絡めていて隙がない。
しいていえば敏夫の終盤の行動がちょっと無茶すぎて、いまひとつ説得力に欠けるところだが。
もちろん細かな瑕は他にもあるけれども、本作はそういう部分を補って余りある魅力に溢れている。
独特の世界観と純粋なミステリとしての要素、このふたつを非常に巧みに、高いレベルで融合させた一作である。未読の方はぜひ。
なお、管理人は今回少々いちびって幻影城ノベルスで読んでみたが、創元推理文庫や角川文庫、双葉文庫など版元も豊富である。
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まあ、気持ちはわかります(笑)。からくりを用いた世界観は奇妙な妖しさや怖さが先に立つので、その世界にはまる人がやはりいいですよね。探偵だとやはりリアルなタイプより天才肌といったところでしょうか。
ただ、本作の場合、文章とかも含めて、むしろハードボイルドの香りすら漂っているところもあるし(だからこそ映画化の際、松田優作がキャスティングされたのかなと思いました)、事件の当事者にもなってしまうので、初めからああいうコンビの探偵役を考えていたのでしょうね。
亜愛一郎だったら、逃避行はしないでしょうし(苦笑)。