- Date: Sat 17 08 2019
- Category: 国内作家 泡坂妻夫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』(角川文庫)
久々に読んだ泡坂妻夫はやっぱりいいなぁということで、もう一冊。お次は短編集の『亜愛一郎の狼狽』である。こちらも久々の再読。
「DL2号機事件」
「右腕山上空」
「曲った部屋」
「掌上の黄金仮面」
「G線上の鼬」
「掘出された童話」
「ホロボの神」
「黒い霧」

奇術師という経歴をもつ泡坂妻夫らしく、その作品にはトリッキーな本格ミステリが多い。ただ、謎解き第一ではあるけれども、その作風は意外なほど軽妙で上質のユーモアを含み、ときにはハートウォーミングなものまで感じさせる。
本書もそういった特徴を非常に強く感じさせる一冊なのだが、その原動力となっているのが、主人公の探偵・亜愛一郎(あ あいいちろう)のキャラクターによるところが大きいだろう。
本職はカメラマンだが、その姿はカメラマンらしからぬお洒落なネクタイ姿、背は高くて容姿端麗という二枚目である。ところがその風貌とは裏腹に、行動はドジが多く、性格もビビリ。見た目の良さをあっという間に帳消しにしてしまうのだが、いやいや、ところがいざ難事件が起これば鋭い頭脳を発揮してたちまち解決に導いてしまうという、なんとも極端だが愛すべきキャラクターなのだ。
その推理法はどちらかというと直感型で、コロンボに近いかもしれない。目の前に起こった事件や出来事に対し、普通とは何かが違うことに気づき、その理由が何かを考え、そこから推理を巡らせてゆく。
この気づきの部分が肝で、見方を変えると、これは著者の伏線がいかに巧みかということでもあり、ラストでの謎解きに思わず膝を打つわけである。
本書は探偵雑誌『幻影城』の懸賞に受賞し、デビュー作となった「DL2号機事件」を筆頭に、その後『幻影城』で矢継ぎ早に掲載された亜愛一郎シリーズの作品をまとめた短編集だ。デビューが遅かったとはいえ、デビュー直後にこれだけの短編を毎月のように書き、しかもそのアベレージが高いことは驚異的といえるだろう。
個人的には「DL2号機事件」、「掌上の黄金仮面」、「G線上の鼬」、「黒い霧」あたりがお気に入りだが、それ以外も十分楽しめる作品ばかりなので、未読のかたはぜひ。
では最後に作品ごとの感想を。
記念すべき著者と亜愛一郎のデビュー作「DL2号機事件」は、爆破予告をされた旅客機DL2号をめぐる事件。いきなり泡坂妻夫の本質を見せられるような作品で、“奇妙な味”ならぬ“奇妙な論理”が読みどころ。ユーモアに包まれているが、実は伏線だらけというネタの数々に唸らされる。
「右腕山上空」は飛行中の気球での殺人事件。ある意味、これも密室事件の一種といえるのだろうが、普通に考えるとトリックはある程度読めてしまうのが弱点。とはいえ、手がかりや伏線の面白さで読ませる。
不良物件としかいいようがない美空ヶ丘団地で死体が発見され……という顛末を語るのが「曲った部屋」。トリックは有名なネタがいくつもあるので勘のいい人なら気づくかも。しかし、そこまでの持っていきかたが上手くて、レコードプレイヤーや壁のスイッチの伏線は鮮やかとしかいいようがない。
「掌上の黄金仮面」は、巨大な仏像の上からお札をばらまく黄金仮面という導入にまず引き込まれるが、そのお札が実は割引券のようなもので、さらに黄金仮面が射殺されるという事態に発展する。背後にある銀行強盗事件がこの事件にどう絡むのか。ここでも“奇妙な論理”が効いている。
「G線上の鼬」もいい。人間の心理をそのままトリックにしたような作品である。味付け部分というかキャラクター紹介的なシーンまでが実は伏線になっているという周到さ。この作品に限らず泡坂作品では基本的にむだな要素がないと思ってよい。と、思って読んでも裏をかかれてしまうんだよねぇ。あっぱれ。
珍しくも暗号ものの「掘出された童話」。正直、暗号解読は真っ向勝負すぎてそれほど面白さは感じないが、それよりも全体をおおう雰囲気が好きな作品。ただ、暗号の内容は正直、納得いかず。こんなことをこういう形で暗号にするかなという引っかかりはある。
以前に読んだときは普通に感心した作品だが、こちらの好みも少し変わったかな。
収録作のほとんどが異色作といえないこともない本書だが、「ホロボの神」はとりわけ珍しい設定。大戦時の舞台となったホロボ島へ遺骨を拾いにいく遺族や同期の仲間たち。その島では、かつて一族の長が自殺するという不思議な事件があったのだが……。異なる文明がぶつかりあうとき、人はどういう行動をとるのか。それを犯罪の動機に結びつけるのが見事。
「黒い霧」は「DL2号機事件」と並んで本書のベストを争う一作。ある商店街で起こる黒い霧事件。何者かが仕掛けたカーボンによって商品や住民が黒く汚れてしまい、それをきっかけに商店街で大乱闘が始まり、町中が真っ黒けになってしまう……。
誰が何のためにカーボンを仕掛けたのか、その一点だけで読ませるお話。前半のホステスの愚痴からカーボンのドタバタすべてにいたるまでの周到な伏線は本作でも健在。
「DL2号機事件」
「右腕山上空」
「曲った部屋」
「掌上の黄金仮面」
「G線上の鼬」
「掘出された童話」
「ホロボの神」
「黒い霧」

奇術師という経歴をもつ泡坂妻夫らしく、その作品にはトリッキーな本格ミステリが多い。ただ、謎解き第一ではあるけれども、その作風は意外なほど軽妙で上質のユーモアを含み、ときにはハートウォーミングなものまで感じさせる。
本書もそういった特徴を非常に強く感じさせる一冊なのだが、その原動力となっているのが、主人公の探偵・亜愛一郎(あ あいいちろう)のキャラクターによるところが大きいだろう。
本職はカメラマンだが、その姿はカメラマンらしからぬお洒落なネクタイ姿、背は高くて容姿端麗という二枚目である。ところがその風貌とは裏腹に、行動はドジが多く、性格もビビリ。見た目の良さをあっという間に帳消しにしてしまうのだが、いやいや、ところがいざ難事件が起これば鋭い頭脳を発揮してたちまち解決に導いてしまうという、なんとも極端だが愛すべきキャラクターなのだ。
その推理法はどちらかというと直感型で、コロンボに近いかもしれない。目の前に起こった事件や出来事に対し、普通とは何かが違うことに気づき、その理由が何かを考え、そこから推理を巡らせてゆく。
この気づきの部分が肝で、見方を変えると、これは著者の伏線がいかに巧みかということでもあり、ラストでの謎解きに思わず膝を打つわけである。
本書は探偵雑誌『幻影城』の懸賞に受賞し、デビュー作となった「DL2号機事件」を筆頭に、その後『幻影城』で矢継ぎ早に掲載された亜愛一郎シリーズの作品をまとめた短編集だ。デビューが遅かったとはいえ、デビュー直後にこれだけの短編を毎月のように書き、しかもそのアベレージが高いことは驚異的といえるだろう。
個人的には「DL2号機事件」、「掌上の黄金仮面」、「G線上の鼬」、「黒い霧」あたりがお気に入りだが、それ以外も十分楽しめる作品ばかりなので、未読のかたはぜひ。
では最後に作品ごとの感想を。
記念すべき著者と亜愛一郎のデビュー作「DL2号機事件」は、爆破予告をされた旅客機DL2号をめぐる事件。いきなり泡坂妻夫の本質を見せられるような作品で、“奇妙な味”ならぬ“奇妙な論理”が読みどころ。ユーモアに包まれているが、実は伏線だらけというネタの数々に唸らされる。
「右腕山上空」は飛行中の気球での殺人事件。ある意味、これも密室事件の一種といえるのだろうが、普通に考えるとトリックはある程度読めてしまうのが弱点。とはいえ、手がかりや伏線の面白さで読ませる。
不良物件としかいいようがない美空ヶ丘団地で死体が発見され……という顛末を語るのが「曲った部屋」。トリックは有名なネタがいくつもあるので勘のいい人なら気づくかも。しかし、そこまでの持っていきかたが上手くて、レコードプレイヤーや壁のスイッチの伏線は鮮やかとしかいいようがない。
「掌上の黄金仮面」は、巨大な仏像の上からお札をばらまく黄金仮面という導入にまず引き込まれるが、そのお札が実は割引券のようなもので、さらに黄金仮面が射殺されるという事態に発展する。背後にある銀行強盗事件がこの事件にどう絡むのか。ここでも“奇妙な論理”が効いている。
「G線上の鼬」もいい。人間の心理をそのままトリックにしたような作品である。味付け部分というかキャラクター紹介的なシーンまでが実は伏線になっているという周到さ。この作品に限らず泡坂作品では基本的にむだな要素がないと思ってよい。と、思って読んでも裏をかかれてしまうんだよねぇ。あっぱれ。
珍しくも暗号ものの「掘出された童話」。正直、暗号解読は真っ向勝負すぎてそれほど面白さは感じないが、それよりも全体をおおう雰囲気が好きな作品。ただ、暗号の内容は正直、納得いかず。こんなことをこういう形で暗号にするかなという引っかかりはある。
以前に読んだときは普通に感心した作品だが、こちらの好みも少し変わったかな。
収録作のほとんどが異色作といえないこともない本書だが、「ホロボの神」はとりわけ珍しい設定。大戦時の舞台となったホロボ島へ遺骨を拾いにいく遺族や同期の仲間たち。その島では、かつて一族の長が自殺するという不思議な事件があったのだが……。異なる文明がぶつかりあうとき、人はどういう行動をとるのか。それを犯罪の動機に結びつけるのが見事。
「黒い霧」は「DL2号機事件」と並んで本書のベストを争う一作。ある商店街で起こる黒い霧事件。何者かが仕掛けたカーボンによって商品や住民が黒く汚れてしまい、それをきっかけに商店街で大乱闘が始まり、町中が真っ黒けになってしまう……。
誰が何のためにカーボンを仕掛けたのか、その一点だけで読ませるお話。前半のホステスの愚痴からカーボンのドタバタすべてにいたるまでの周到な伏線は本作でも健在。
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おおーサイン本!
しかも幻影城ノベルズ版というのがいいですね。