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探偵小説三昧

天気がいいから今日は探偵小説でも読もうーーある中年編集者が日々探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすページ。

 

海野十三『海底大陸』(河出書房新社)

 河出書房新社の〈レトロ図書館〉で復刊された海野十三の『海底大陸』を読む。1937年から1938年にかけて雑誌『少年の科学』に連載されたジュヴナイルSFである。
 以前に桃源社版『地球盗難』に収録された同作を読んでいるが、そのときアップした記事がけっこう素っ気ないので、記憶を新たにしたところで、ちょっと詳し目に書いてみた次第。まあ、全体的な印象はほぼ変わらないんだけど(苦笑)。

 こんな話。英国の豪華客船クィーン・メリー号が航行中に消息を断った。英国政府はさっそく軍と警察の両軸で捜索にあたり、やがてブイに掴まって漂流している一人の少年を発見した。クィーン・メリー号でボーイをしていた三千夫という名の少年だった。
 三千夫の話によると、船が鮭の大群と遭遇し、その鮭を大量に捕まえ、ディナーに供されたという。ところがその直後から皆が居眠りをはじめ、船内に異様な匂いが立ちこめたという。そして船が何かに衝突したような衝撃があり、そのとき海に投げ出されたというのだ。
 その頃、クィーン・メリー号では皆が目を醒まし始めていたものの、ほとんどの船員。乗客の目が見えなくなっているという事態が発生していた。そんな彼らの前に現れたのは、海底で高度な科学文明を発展させた、異形の海底超人たちだった。果たして彼らの狙いは……?

 海底大陸

 海野十三のジュヴナイルSFはこれまでもいくつか読んでいるが、ある程度、どの作品にも共通する特徴がある。
 まずは発想の自由さ。人類が何者かの手によって危機に見舞われるというベースとなる設定はお馴染みだけれど、この風呂敷の広げ方が豪快で面白い。本作ではそれがアトランティス大陸に着想を得た海底超人だったりするわけで、もちろん今となっては古くさいのだけれど、それを日本SFの父にいってどうするという話なので、当時としては珍しいネタを惜しげもなく放り込んでくる姿勢こそ評価すべきであろう。
 ただ、科学知識を子供向けに持ってくるのはよいのだが、いつもアレンジや誇張が過剰すぎて、トンデモ度が高くなるのはご愛敬。本作でも海底超人がアトランティス大陸の子孫というところまではともかく、宇宙からのX線を長きにわたって浴びなかったことで、まるでウェルズ描くところの火星人みたいに進化したというのは、発想がすごいというか逆に安易というか(笑)。また、言葉が全然別物に変化ししてしまっているのは、よく考えると妙な話で、そこは別に変わる必要はないだろうと思わずつっこまずにはいられない。
 でも今だからこうして笑ってツッコミを入れられるが、当時はこの発想が受けたはずで、実際、海野はいくつもこうした作品を残している。

 もうひとつお馴染みの特徴として、時世を反映した国威高揚ものという部分。第二世界大戦直前ということもあり、ドイツやドイツ人に対しては比較的好意的だが、例によって連合国サイドにはかなりあたりが強い(特にイギリス)。
 海野の場合、愛国心が強すぎて、とにかく描き方が極端になってしまうのが辛いところだが、こういう一方的な善悪の構造をつくったところも、実は人気を博した理由のひとつではあるのだろう。
 最近のアジア情勢をみても、何やら似たような状況がうかがえるが、敵を貶めることで自分たちを正しく見せようという手法はいつの時代もあるようだ、というか、それこそ戦争を経て大きな教訓を得たはずなのに、実は精神的にほとんど成長していないという罠。人間とは基本的にこういう愚かな存在なわけで、まことに悲しいかぎりである。

 ちょっと話が脇にそれたが、とりあえずそういう海野ならではの特徴、SF要素や国威高揚的な要素をのぞくと、本作、実はちゃんとヒューマンなドラマになっている。まあ、ジュヴナイルなので当たり前かなとも思うが(笑)、一応は海野の良心と捉えておきたい。
 本作は前半こそクィーン・メリー号の失踪や異生物の出現など、サスペンスタッチで描くけれども、後半は海底超人と人類が一触即発という状況のなか、ひとり仲介役としてやってきた海底超人の王子ロローをめぐるドラマがメインとなる。それは争いや損得でしかものを考えられない各国要人たちと、友愛主義を貫いて王子を守ろうとする日本人科学者や三千夫少年たちの、対立のドラマでもある。
 まあ、よくあるパターンではあるが、すぐに思い浮かぶのは映画『キングコング』だろう。完全に一致するわけではないが、それぞれの発表された時代を考慮すると、同作のテーマやプロットを拝借している可能性はある。終盤での海底超人の圧倒的な大暴れは、身勝手な人類への戒めであり、未来への警鐘で幕を閉じる。
 ちなみにラストがまた意外というか。以前に読んだときは投げっぱなしにも思ったのだが、今回はこの結末にこそ海野の気持ちが強く入っているようにも思えた。妙な余韻が残り、こういうラストも悪くない。

 というわけで、海野のジュヴナイルとしては必要最低条件は満たしており、標準作といったところだろう。この手の作品に免疫がない人にはとてもオススメできる代物ではないけれども(苦笑)。

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プロフィール

sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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