- Date: Thu 29 08 2019
- Category: 国内作家 泡坂妻夫
- Community: テーマ "推理小説・ミステリー" ジャンル "本・雑誌"
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泡坂妻夫『湖底のまつり』(角川文庫)
本日の読了本はまたまた泡坂妻夫。そして、これまた再読となる『湖底のまつり』である。まずはストーリーから。
東北のとある山村へひとり傷心旅行に出かけた香島紀子。ところが急に水かさの増した川で流されそうになってしまう。そこを救ったのが村で暮らす埴田晃二と名乗る若者だった。
急速に惹かれあった二人は一夜を共にするが、翌朝、目覚めると晃二の姿はない。紀子は折りしも行われていた村の“おまけさん祭り”を見物しながら、村人に晃二のことを尋ねると、意外な返事が帰ってきた。晃二は一月前に毒殺されてしまったというのだ。では紀子が出会った晃二とは何物なのか……。

※以下、内容を紹介すると、本作の性質上、どうしてもネタバレの危険があります。未読のかたはご注意ください。
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本書は五章立てで、章のたびに視点が変わるという構成をとる。上で紹介したあらすじは一章にあたり、紀子の視点で物語が進められる。続く二章は晃二の視点、三章は事件を捜査する刑事……という具合なのだが、問題は一章と二章だ。
ここでは登場人物が違っているのに、なぜか同じ出来事が描かれているのである。
読み進むうち二章に描かれる事件が本筋となり、それなりに物語は展開するのだが、読者としては頭の隅には常に一章の存在があるわけで、この不可思議な出来事に加え、叙情的な語りと多用されるエロチシズムな描写、村の祭りのイメージが重なって、結果として作品全体からは幻想的な雰囲気が醸し出されている。そういった効果を著者が意識して狙っていたかどうかは不明だが、この味わいがなかなか心地よく、それだけでも読んでおく価値はあるぐらいだ。
肝心の一章に話を戻すと、読む人が読めばすぐに何らかの叙述トリックであることは想像できるだろう。正直、ちょっと強引すぎるネタなので、アンフェアなところがあるのも確かだし、ある程度まで読むと真相にも気づくかもしれない。
しかしながら、山ほど散りばめられた伏線や手がかりがあまりに鮮やかで、そういう欠点を帳消しにして、なおかつお釣りがくる。登場人物の何気ない動作や会話ぐらいまではこちらも想定内だが、濡れ場や情景描写に至るまで、ほぼすべてが伏線というのには恐れ入った。
再読なのでもちろんネタは知ったうえで読んでいたのだが、著者が最新の注意をはらって書き上げたことがあらためて理解でき、その真価を実感できた次第。
ついでに書いておくと、本作は著者がそれまでに書いたユーモラスな『11枚のとらんぷ』、あるいはハードボイルドチックな『乱れからくり』とも文体を変え、かなりリリカルで落ち着いた文体を用いている。もちろん雰囲気作りもあるだろうが、実はこういう美文調にすることで、比喩や直裁的ではない曖昧な表現が自然にでき、それによってカモフラージュする狙いもあったのではないだろうか。
文学的な探偵小説というのはままあるけれども、本作は文学的な手法すら探偵小説の手段(伏線)にしてしまったところに価値があるともいえる。
ともあれ相変わらずの美技を堪能できて満足。初期の長篇は『11枚のとらんぷ』や『乱れからくり』をはじめとして傑作揃いだが、それらとはまた異なるテクニックと雰囲気でチャレンジするあたり、さすがというしかない。
東北のとある山村へひとり傷心旅行に出かけた香島紀子。ところが急に水かさの増した川で流されそうになってしまう。そこを救ったのが村で暮らす埴田晃二と名乗る若者だった。
急速に惹かれあった二人は一夜を共にするが、翌朝、目覚めると晃二の姿はない。紀子は折りしも行われていた村の“おまけさん祭り”を見物しながら、村人に晃二のことを尋ねると、意外な返事が帰ってきた。晃二は一月前に毒殺されてしまったというのだ。では紀子が出会った晃二とは何物なのか……。

※以下、内容を紹介すると、本作の性質上、どうしてもネタバレの危険があります。未読のかたはご注意ください。
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本書は五章立てで、章のたびに視点が変わるという構成をとる。上で紹介したあらすじは一章にあたり、紀子の視点で物語が進められる。続く二章は晃二の視点、三章は事件を捜査する刑事……という具合なのだが、問題は一章と二章だ。
ここでは登場人物が違っているのに、なぜか同じ出来事が描かれているのである。
読み進むうち二章に描かれる事件が本筋となり、それなりに物語は展開するのだが、読者としては頭の隅には常に一章の存在があるわけで、この不可思議な出来事に加え、叙情的な語りと多用されるエロチシズムな描写、村の祭りのイメージが重なって、結果として作品全体からは幻想的な雰囲気が醸し出されている。そういった効果を著者が意識して狙っていたかどうかは不明だが、この味わいがなかなか心地よく、それだけでも読んでおく価値はあるぐらいだ。
肝心の一章に話を戻すと、読む人が読めばすぐに何らかの叙述トリックであることは想像できるだろう。正直、ちょっと強引すぎるネタなので、アンフェアなところがあるのも確かだし、ある程度まで読むと真相にも気づくかもしれない。
しかしながら、山ほど散りばめられた伏線や手がかりがあまりに鮮やかで、そういう欠点を帳消しにして、なおかつお釣りがくる。登場人物の何気ない動作や会話ぐらいまではこちらも想定内だが、濡れ場や情景描写に至るまで、ほぼすべてが伏線というのには恐れ入った。
再読なのでもちろんネタは知ったうえで読んでいたのだが、著者が最新の注意をはらって書き上げたことがあらためて理解でき、その真価を実感できた次第。
ついでに書いておくと、本作は著者がそれまでに書いたユーモラスな『11枚のとらんぷ』、あるいはハードボイルドチックな『乱れからくり』とも文体を変え、かなりリリカルで落ち着いた文体を用いている。もちろん雰囲気作りもあるだろうが、実はこういう美文調にすることで、比喩や直裁的ではない曖昧な表現が自然にでき、それによってカモフラージュする狙いもあったのではないだろうか。
文学的な探偵小説というのはままあるけれども、本作は文学的な手法すら探偵小説の手段(伏線)にしてしまったところに価値があるともいえる。
ともあれ相変わらずの美技を堪能できて満足。初期の長篇は『11枚のとらんぷ』や『乱れからくり』をはじめとして傑作揃いだが、それらとはまた異なるテクニックと雰囲気でチャレンジするあたり、さすがというしかない。
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ミステリのマニアでもない限り、普通は気づかないですよね。こういうのは普段ミステリとか読まない人の方が素直に驚けて(楽しめて)いいんじゃないかなと思います。
私は再読でネタを知っていましたから、伏線ばっか気にしながら読むという邪道な読み方をしてしまいました(苦笑)。