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ロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』(ハヤカワ文庫)
先週は水木金の三日連続で接待等々の飲み会があり、土曜は朝から台風に備えて家周辺の片付けやら窓の養生に明け暮れ、その後、台風は去ったものの日曜は日曜は後片付けである。
そんなドタバタの疲れもラグビーW杯日本×スコットランド戦の感動でかなり解消し、さらには録画しておいた『RIZIN』と『八つ墓村』も見ればさらに回復できる見込みである。
ただ、そんなわけで先週はほとんど読書が進まなかったのだが、ようやくロス・マクドナルドの『ウィチャリー家の女』を読み終える。ロスマク読破計画、久々に一歩前進。
まずはストーリー。
メドウ・ファームズの町に住む富豪ホーマー・ウィチャリーを訪ねた私立探偵のリュウ・アーチャー。ホーマーの依頼は失踪した二十一歳の娘・フィービーの捜索だった。彼女は三ヶ月前、航海に出るホーマーをサンフランシスコの波止場で見送ったあと、その消息を絶っていたのだ。
アーチャーは見送りの当日、ホーマーのもとへ前妻のキャサリンが現れて騒動を起こしたことを聞き出すが、なぜかホーマーはそれ以上キャサリンについては話そうとしない。ウィチャリー家に暗い影が覆っていることを感じつつ、アーチャーはひとまずフィービの住んでいた下宿を訪れる……。

ロスマクの後期傑作群の先陣を切る作品であり、ハードボイルド全体のなかでもかなりのポジションに位置する作品といってよいだろう。
後期作品の特徴として知られる家族の悲劇や崩壊というテーマ、豊穣な人物描写などは当然として、何より本作で実感できるのは、探偵のアーチャーが私情をほぼ混えずに淡々と関係者にあたり、その真相を導いていくというスタイルをはっきり打ち出したことだ。
多少は荒っぽい場面もあるけれど、それまでのロスマク作品に比べると、アーチャーの感情の発露などが恐ろしいほど抑制されており、別人の気配すらある。
ハードボイルドの場合、社会悪や正義、探偵自身の生き方といったものにフォーカスを当てる作家が多いけれども、ロスマクの場合、特に後期作品の場合だが、興味はあくまで事件やその関係者を描くことにシフトしている。
たとえば本作では“ウィチャリー家の女”はもちろんだが、その他のウィチャリー家の面々も一筋縄でいかない者ばかりで、その各人とアーチャーのやりとりが滅法面白い。アーチャーは自己を徹底的にころし、薄皮を剥いでいくかのように彼や彼女の内面に迫る(この方向性は、本作が書かれる前に起こった、ロスマク自身の娘の失踪事件が影響していることは間違いないだろう)。
そこに奇をてらったような手法はないのだけれど、結果として表出した事実はショッキングであり、あらためて本作が一級のミステリだったことに気づくのである。
イキのいいロスマク初期作品、あるいはチャンドラーのマーロウに比べれば、ストーリーなどの点で物足りなさを感じる向きもあるかもしれないが、この全体的に抑えた重苦しい味わいこそが後期ロスマクを読む楽しみである。逆にいうと変にハードボイルドにこだわりがないような人の方が、より本作を楽しめるといえるだろう。傑作。
そんなドタバタの疲れもラグビーW杯日本×スコットランド戦の感動でかなり解消し、さらには録画しておいた『RIZIN』と『八つ墓村』も見ればさらに回復できる見込みである。
ただ、そんなわけで先週はほとんど読書が進まなかったのだが、ようやくロス・マクドナルドの『ウィチャリー家の女』を読み終える。ロスマク読破計画、久々に一歩前進。
まずはストーリー。
メドウ・ファームズの町に住む富豪ホーマー・ウィチャリーを訪ねた私立探偵のリュウ・アーチャー。ホーマーの依頼は失踪した二十一歳の娘・フィービーの捜索だった。彼女は三ヶ月前、航海に出るホーマーをサンフランシスコの波止場で見送ったあと、その消息を絶っていたのだ。
アーチャーは見送りの当日、ホーマーのもとへ前妻のキャサリンが現れて騒動を起こしたことを聞き出すが、なぜかホーマーはそれ以上キャサリンについては話そうとしない。ウィチャリー家に暗い影が覆っていることを感じつつ、アーチャーはひとまずフィービの住んでいた下宿を訪れる……。

ロスマクの後期傑作群の先陣を切る作品であり、ハードボイルド全体のなかでもかなりのポジションに位置する作品といってよいだろう。
後期作品の特徴として知られる家族の悲劇や崩壊というテーマ、豊穣な人物描写などは当然として、何より本作で実感できるのは、探偵のアーチャーが私情をほぼ混えずに淡々と関係者にあたり、その真相を導いていくというスタイルをはっきり打ち出したことだ。
多少は荒っぽい場面もあるけれど、それまでのロスマク作品に比べると、アーチャーの感情の発露などが恐ろしいほど抑制されており、別人の気配すらある。
ハードボイルドの場合、社会悪や正義、探偵自身の生き方といったものにフォーカスを当てる作家が多いけれども、ロスマクの場合、特に後期作品の場合だが、興味はあくまで事件やその関係者を描くことにシフトしている。
たとえば本作では“ウィチャリー家の女”はもちろんだが、その他のウィチャリー家の面々も一筋縄でいかない者ばかりで、その各人とアーチャーのやりとりが滅法面白い。アーチャーは自己を徹底的にころし、薄皮を剥いでいくかのように彼や彼女の内面に迫る(この方向性は、本作が書かれる前に起こった、ロスマク自身の娘の失踪事件が影響していることは間違いないだろう)。
そこに奇をてらったような手法はないのだけれど、結果として表出した事実はショッキングであり、あらためて本作が一級のミステリだったことに気づくのである。
イキのいいロスマク初期作品、あるいはチャンドラーのマーロウに比べれば、ストーリーなどの点で物足りなさを感じる向きもあるかもしれないが、この全体的に抑えた重苦しい味わいこそが後期ロスマクを読む楽しみである。逆にいうと変にハードボイルドにこだわりがないような人の方が、より本作を楽しめるといえるだろう。傑作。
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Ksbcさん
文章も内容もとにかく味わい深いですね。初期作品などはチャンドラーの影響もかなり感じられますが、後期作品はすっかり独自の作風を確立させていて、正直御三家の中では一番地味な感もあるのですが、滋味という点では一番のような気がします。
ちなみに個人的には自分を出さないハードボイルドの方がより好みなので、ハメットも『マルタの鷹』よりは『血の収穫』派になるでしょうか。といいつつ、自分出しまくりのネオ・ハードボイルドなどもけっこう好きだったりしますが(笑)。そういう意味では初期の元気なアーチャーも嫌いではなく、結局なんでも好みですね(笑)。
Posted at 23:53 on 10 15, 2019 by sugata