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鷲尾三郎『鷲尾三郎名作選 文殊の罠』(河出文庫)
『鷲尾三郎名作選 文殊の罠』は、今ではほとんど読むことのできない鷲尾三郎の、とりわけトリッキーな作品を集めた短編傑作選である。
もともと鷲尾三郎という作家はトリックの利いた本格でスタートした人だが、スリラーやハードボイルドなど幅広い作風をもつ。著作数は決して少なくないことから、当時はそれなりの売れっ子だったはずだが、著作のほぼすべてが絶版となった現在、貴重な一冊だといえるだろう。なんせ絶版だらけのくせに、マニアでの評価はすこぶる高く、おかげでネットオークションなどでは簡単に万の値がつく作家だ。大変遅ればせながら、まずは河出書房と編者の日下氏に感謝。
「疑問の指輪」
「鬼胎」
「生きている屍」
「文殊の罠」
「播かぬ種は生えぬ」
「月蝕に消ゆ」
「姦魔」
「風魔」
「妖魔」
「白魔」
以上が収録作だが、意外に既読の作品が多いのに驚いた。これはアンソロジーに作品が幅広く採られている証拠だから、やはり世評は正しかったという他ない。
各作品に目をやると、やはりイチオシは「文殊の罠」か。豪快なトリックは今読んでも新鮮。下手をするとバカミスになりそうなところをギリギリで堪えている。
「月蝕に消ゆ」もトリックが秀逸。「文殊の罠」がギリギリで堪えているとすれば、こちらは堪えきれずにいっちゃってる作品である。
「鬼胎」と「生きている屍」は医学ネタで、解説にもあるようにトリックよりも手記という形で人の情念をねっとりと描いているところがいい。この手の作品は作者の得意分野とはいえないのだろうが、こういうタイプの長篇をもし書いているなら、ぜがひでも読んでみたい。ちょっと小酒井不木っぽいかも。
「姦魔」「風魔」「妖魔」「白魔」の四作は、探偵作家・毛馬久利とストリッパー・川島美鈴のコンビによるシリーズ。探偵役の名前といい、設定といい、登場人物たちのやりとりといい、かなりコミカルな作りだが、それに輪をかけてすごいのが、やはりトリック。とりわけ「白魔」は素晴らしい(笑)。
ただ、誤解なきように書いておくが、鷲尾三郎自体はふざけて書いているのではなく、おそらくはいたって真面目に本格を書こうとしているのだ。そりゃ本当のところは本人じゃないのでわからないが、「鬼胎」や「生きている屍」を読めば、小説として完成度の高いものを書こうとしているのは明らか。コミカルな毛馬久利ものにしても、真面目に笑えるものを作ろうと努力をしている。惜しむらくは小説がそれほど上手くないことか。と書くと語弊があるが、少なくとも文章は決して上手くない。読みにくくはないけれど、もう少し丹念に小説の書ける人であったなら、ここまで絶版だらけにならなかった気もする。何だか偉そうな書き方で恐縮だが、「文殊の罠」は例外的にそういう書き込みがしっかりしているからこそ、数々のアンソロジーに採られ、傑作として名前が残っているわけであろう。
とにもかくにも、本書は鷲尾三郎という作家の素晴らしさを満喫できる貴重な一冊だ。ああ、他の作品もどんどん復刊してくれないものか。
もともと鷲尾三郎という作家はトリックの利いた本格でスタートした人だが、スリラーやハードボイルドなど幅広い作風をもつ。著作数は決して少なくないことから、当時はそれなりの売れっ子だったはずだが、著作のほぼすべてが絶版となった現在、貴重な一冊だといえるだろう。なんせ絶版だらけのくせに、マニアでの評価はすこぶる高く、おかげでネットオークションなどでは簡単に万の値がつく作家だ。大変遅ればせながら、まずは河出書房と編者の日下氏に感謝。
「疑問の指輪」
「鬼胎」
「生きている屍」
「文殊の罠」
「播かぬ種は生えぬ」
「月蝕に消ゆ」
「姦魔」
「風魔」
「妖魔」
「白魔」
以上が収録作だが、意外に既読の作品が多いのに驚いた。これはアンソロジーに作品が幅広く採られている証拠だから、やはり世評は正しかったという他ない。
各作品に目をやると、やはりイチオシは「文殊の罠」か。豪快なトリックは今読んでも新鮮。下手をするとバカミスになりそうなところをギリギリで堪えている。
「月蝕に消ゆ」もトリックが秀逸。「文殊の罠」がギリギリで堪えているとすれば、こちらは堪えきれずにいっちゃってる作品である。
「鬼胎」と「生きている屍」は医学ネタで、解説にもあるようにトリックよりも手記という形で人の情念をねっとりと描いているところがいい。この手の作品は作者の得意分野とはいえないのだろうが、こういうタイプの長篇をもし書いているなら、ぜがひでも読んでみたい。ちょっと小酒井不木っぽいかも。
「姦魔」「風魔」「妖魔」「白魔」の四作は、探偵作家・毛馬久利とストリッパー・川島美鈴のコンビによるシリーズ。探偵役の名前といい、設定といい、登場人物たちのやりとりといい、かなりコミカルな作りだが、それに輪をかけてすごいのが、やはりトリック。とりわけ「白魔」は素晴らしい(笑)。
ただ、誤解なきように書いておくが、鷲尾三郎自体はふざけて書いているのではなく、おそらくはいたって真面目に本格を書こうとしているのだ。そりゃ本当のところは本人じゃないのでわからないが、「鬼胎」や「生きている屍」を読めば、小説として完成度の高いものを書こうとしているのは明らか。コミカルな毛馬久利ものにしても、真面目に笑えるものを作ろうと努力をしている。惜しむらくは小説がそれほど上手くないことか。と書くと語弊があるが、少なくとも文章は決して上手くない。読みにくくはないけれど、もう少し丹念に小説の書ける人であったなら、ここまで絶版だらけにならなかった気もする。何だか偉そうな書き方で恐縮だが、「文殊の罠」は例外的にそういう書き込みがしっかりしているからこそ、数々のアンソロジーに採られ、傑作として名前が残っているわけであろう。
とにもかくにも、本書は鷲尾三郎という作家の素晴らしさを満喫できる貴重な一冊だ。ああ、他の作品もどんどん復刊してくれないものか。
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