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探偵小説三昧

日々,探偵小説を読みまくり、その感想を書き散らかすブログ


泡坂妻夫『喜劇悲奇劇』(カドカワノベルズ)

 泡坂妻夫の『喜劇悲奇劇』を読む。

 奇術や猛獣使い、アクロバットなど、さまざまなエンターテインメント詰め込んで全国を興行する予定のショウボート〈ウコン号〉。しかし、初日を目前にして一人の奇術師が殺害される。ところが座長は興行が中止になるのを怖れて警察には通報せず、関係者にも口止めをしてしまう。
 そんなこととは露知らず。酒が原因で落ちぶれた奇術師・楓七郎は、ウコン号で足りなくなった奇術師の後釜として雇われる。すると今度は道化師が初日直前に殺されてしまい……。

 喜劇悲奇劇

 著者はミステリ作家でありながら奇術師という顔ももっており、その特技を活かした『11枚のトランプ』という傑作を書いているが、本作もその系譜に連なる作品といえる。テイストも『11枚のトランプ』同様コミカルで、それだけでも楽しい作品なのだが、実はもうひとつ大きな特徴があって、それが回文だ。
 『喜劇悲奇劇(きげきひきげき)』というタイトルからして回文になっているが、それだけでなく章題や登場人物名、冒頭の一文、最後の一文、延いては回文問答まであり、徹底的な回文尽くし。しかも、それがただの遊びでなく、きちんと犯行のミッシングリンクにもなっており、さすがとしか言いようがない。
 また、連続殺人を扱っているが、ひとつひとつの犯行にも各種トリックが工夫されており、著者の遊びにかける熱意にとにかく唸らされてしまう。

 惜しむらくは終盤に明かされる真のミッシングリンクの部分が、どうにも全体の雰囲気にあっていないこと、また、結果的にただの狂言回しに終わっている主人公の扱いがもったいない感じだ。
 特に後者はダメ主人公の立ち直る物語を期待してしまっただけに、少々拍子抜け。意外な探偵役を演出する狙いがあったのかもしれないが、前者の欠点も合わせると、意外に爽快感に欠けるのである。

 したがって個人的には著者のほかの傑作よりはやや落ちるといった印象なのだが、まあ、そうはいってもその趣向だけでも間違いなく必読レベル。残念ながら現在は角川版、創元版ともに品切れ状態のようだが、古書店などでは比較的安価で入手できるので、興味がわいた方はぜひどうぞ。

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Comments

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よしだまさしさん

「台風とうとう吹いた」ですね。
数あるミステリのなかでも、ここまでインパクトある最初の一文はないですね(笑)。

Posted at 00:09 on 12 11, 2019  by sugata

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台風がくるたびに

この本のせいで、台風がくるたびに回文でつぶやいてしまうという習慣が身についてしまったのは、僕だけではあるまい(笑)

Posted at 13:06 on 12 10, 2019  by よしだ まさし

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くさのまさん

ですよねえ。とにかくバランスの悪さが気になります。いいところと悪いところ、両方が目立って、読み終えたあとはけっこう複雑な気分でした。でも、こんな挑戦は著者ならではなので、やはり読んでおくべき作品だとは思います。

Posted at 21:37 on 12 09, 2019  by sugata

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読めた? まだ? ま、駄目よ‼

 当時、これを読む少し前に、『軽い機敏な子猫何匹いるか』という傑作回文集を読んでいたので、回文の部分にかなりハマった記憶があります。
 何かに徹底して淫した作品は決して嫌いではないのですが、死ぬ直前に辞世の句(ダイイングメッセージ)を最後まで言い切れずに亡くなったのを、登場人物が、きっと回文で言っているから最後まで言い残していなくても大丈夫みたいな考えをしているのは流石にどうなんだと思いましたが(笑)。
 そういった理由で、ミステリとしては高い点はつけにくいのですが、いかにも泡坂ワールド然としたところが、どうしても嫌いに生れない作品ですね。
 細かい部分はもう忘れてしまいましたが、舞台のいかにも下手なイリュージョンを袖で見ていた同業者が誉めたり、頭に釘が刺さって亡くなる人物のトリック等は(これまたこの作者らしくて)今でも印象に残っています。
 

Posted at 18:25 on 12 09, 2019  by くさのま

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sugata

Author:sugata
ミステリならなんでも好物。特に翻訳ミステリと国内外問わずクラシック全般。
四半世紀勤めていた書籍・WEB等の制作会社を辞め、2021年よりフリーランスの編集者&ライターとしてぼちぼち活動中。

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